第3話 お披露目パーティ
シャーロットは大きな溜め息をついていた。
何故か?
答えは簡単だ。
次期妖精王のバムロール・ロリヘイム公爵子息のお披露目パーティに無理やり参加させられたから、である。ちなみに侯爵家令嬢であるエリーゼも会場に来ており、何やら目を光らせながらドリンクをちびちび飲んでいる。
あれは得物を狙う目である。
「ぶっちゃけ、ミッドヘイムだけこんなんでいいのかねー?」
魔族と人族の戦いは苛烈さを増しており、現在のところ魔族側が一方的に押されまくっている状況だ。何種族もの領土が奪われ、難民は妖精族の国家ミッドヘイムにも流れてきている。本来であれば魔力はもちろん、武力でも勝る種族が多いのが魔族である。それでも押し込まれている原因は、勇者一行が最前線で主力を撃破しているからであった。また人間族、亜人族、精霊族、古精霊族、土精霊族の国家が連合を組んで各方面で攻勢をかけているせいでもある。人間の国家も列強同盟と言う軍で結束していると言う話だ。
対して魔族は上手く連携が取れず各個撃破されているのが現状であった。個々の能力で勝るはずの魔族も現魔王の方針からか、あまり協力してことに当たるつもりはないようだ。
現在、この魔大陸――通称・魔帝國デスペラントを統べているのは魔王、イルビゾン・ウレイン・ロストシュート、不死族の王である。
魔王は強ければ誰にでもなれると言う訳ではない。その体の何処かに魔呪刻印が発現した者が魔族大会議を経た上で魔王へと推挙される。
ちなみに魔族には不死族、死霊族、有翼族、獣魔族、虎狼族、闇精霊族、巨人族、竜族、鬼人族、夢魔族、粘体族、妖精族などがおり、種類だけは多い。厳密に言えば、闇精霊族や巨人族、竜族、鬼人族などは魔族と言いきれないのだが、現在の立場は反人族である。
シャーロットがボヤきながら会場を見回すと、そこかしこに妖精族の姿が見える。顔を出しているのはほとんどが妖精族であった。
それほど、各種族は戦線の維持で精一杯なのである。
そうこうしている内に、妖精王リンレイスが次期妖精王のバムロールを伴って会場に現れた。主賓の登場に彼女たちへ一斉に耳目が集中する。
パーティは立食形式であった。並べられている円形のテーブルの間を縫うように進むと、2人は段上へと上がる。
拍手が治まると、リンレイスが祝いの言葉を述べ始める。
流石に妖精族を束ね、最長老でもある彼女の言葉は重い。
シャーロットも仕方なしに話に耳を傾け始めた――瞬間、その耳元で聞き慣れた声がした。
「よう。シャル。お前も来てたんだな」
「んあ!? え? は? ヴァル? どどどどうしてここに?」
「ああ、うちはまだ余裕があるからな。ガルガンドルム様のお供だよ」
ガルガンドルムは竜族を束ねる、所謂竜王である。
種族の強さに加え、彼自身の武力は凄まじく、その発言力は大きい。
「そ、それにしても久しぶりだねー。元気だった?」
「ああ、ガルガンドルム様直々に稽古つけられてたよ……」
「あーね……。ご愁傷様……」
「まぁ人間たちと戦うことになるだろうし損はないだろ」
「そっかー。そだね。ところでここにエリーゼも来てるよ?」
シャーロットとヴァル――ヴァルシュ、そしてエリーゼは幼馴染である。
ヴァルシュは竜族ではあったが交流の一環で幼い頃からミッドヘイムにいたのだ。妖精族にはないその燃えるような赤髪と意志の強そうな眉が印象的な体格の良い男である。竜なのだが、通常は人化して人間のような姿をしている。この辺りは、魔族も神が創造したと伝えられる人間の姿に少なからず憧憬を抱いていると言うことの証なのかも知れない。
シャーロットが更に話し掛けようとした時、ヴァルシュがそれを遮った。
「え? 何?」
「リンレイス様が呼んでるみたいだぞ? お前のこと」
「は!?」
シャーロットが慌てて段上に目を向けると、そこには笑顔で手招きするリンレイスの姿があった。背景に燃え盛る炎のような気迫を滲ませて。
キレかけているようなのでシャーロットは大人しく指示に従うと、段上へ向かい彼女に黙礼する。
「シャーロット、こちらは次期の妖精王、バムロール殿です。ご挨拶なさい」
「は、はぁ……? お初にお目に掛かります。シャーロット・マクガレルと申します。お会いできて光栄ですわ」
一応、妖精王の姪として礼儀くらいは弁えているシャーロットは無難な挨拶をしておいた。それよりもリンレイスの意図が理解できない。
「おお、では貴女が我が妻となる方ですか! シャーロット殿……いや、シャーロット。私と共に妖精族を導いていこうではないか!」
いきなりの爆弾発言にシャーロットの思考回路はショート寸前だ。
彼女が固まって動けなくなっている内に、バムロールとシャーロットの婚約が宣言されたのであった。
ステージの近くに居たエリーゼも呆気に取られたような顔をしている。
会場が喧騒に包まれる中、ボソボソと参加者たちの声が流れてくる。
「うわ、完全な政略結婚じゃなねぇか」
「リンレイス様の基盤は揺らいでいるからな。今回の大戦に対する姿勢にも批判の声が大きい」
「うちらだけならまだしも魔族全体から圧力受けてるからな。きついだろう」
「まだまだお元気で力に溢れてらっしゃるけど……人間融和派の立場は微妙だしね」
「バムロール殿は魔力も高いし血統も家柄も良い。仕方ないんじゃないかしら」
皆が好き勝手に話す中、シャーロットは固まったまま動けず、リンレイスは氷のような笑顔を張りつけたままこめかみを押さえていた。
1人、バムロールだけは愉快そうに嗤い、その哄笑は広い会場に響いていた。