第2話 シャーロットは縛られない
シャーロット・マクガレルは何者にも縛られない。
彼女は妖精族であり、現妖精王のリンレイス・フォーレ・ヘイムニースの姪に当たるが、その家柄に収まることなく自由奔放な毎日を送っていた。
そうは言っても彼女は特段、自己中心的でも気分屋でもない。例えるなら緑の風に乗って軽やかに舞う蒲公英の綿毛であり、水底を揺蕩う海藻であり、水面に煌めく陽光であった。
「シャル~? いないの~?」
開け放たれた窓から覗きこむのはシャーロットの幼馴染であるエリーゼだ。
彼女とはそれこそ幼体の頃からの付き合いである。ピンクシルバーの髪をボブカットにした毛先が少しゆるふわな感じである。そのあどけなく幼気な表情は見る者たちに大きな安心感や庇護欲を抱かせている。
「んあー? エリーゼ? どしたの?」
「まだ寝てたの~? もうお昼よ?」
寝惚け眼をこすりながらリビングに顔を出したシャーロットに、エリーゼは苦笑いを隠せない。背中が大きく開いた寝間着がズリ落ちて右肩が露わになっている。
とことことエリーゼの方へ近づいていく度に背中の羽がそよそよと揺れた。
「昨日の夜はずっと神話と歴史の本読んでたからねー。徹夜で」
「魔法じゃなくて? 珍しいわね?」
「あーね。『人間ノ天地ハ複雑怪奇』だからねー」
「人間? 人間は魔族の敵でしょう? 現在進行形で戦ってる蛮族じゃないの?」
いつもほんわかした雰囲気を纏わせているエリーゼの口調が少し荒くなる。
彼女がそんな面を見せることは少ない。シャーロットは珍しい物を見たと言う表情になり刹那の間、呆けていたがすぐに我に返ると口を開いた。
「だからこそ理解が必要なの。もしかしたら戦わなくて済むかも知れないじゃない?」
「シャルは人間と戦うのが嫌なの?」
「んーどうだろ……? あたしは無理に戦う必要はないと思うんだが?」
「ふふっ、さっきから疑問形ばかりの会話ね」
「そだね。人間だけじゃなく同胞とだって相互理解ってヤツが大切なんじゃないかなぁ……って、何であたしたち、窓越しに会話してんの? ちょーウケるんだけど? 上がったら? ハーブティーでも入れるよー?」
エリーゼはニッコリと頷くと、ぐるっと回り込んで玄関から入って来た。
そして何の遠慮もなくソファーに座ってくつろぎ始める。
シャーロットは宣言した通りハーブティーの用意に取り掛かるが、エリーゼの不機嫌そうな声がキッチンにまで届いた。
「シャルの家には可愛い物がない!」
「何を今更!?」
もう何年の付き合いだと思っているのか。
そう言えば、昔から良く言われているなとシャーロットは少し考えてみたが、別にどうでも良いことだと思ってハーブを適当にブレンドして抽出する作業に戻る。
「シャルはさ~もっと可愛くするべきなのよ。素材はいいんだからさ~」
「別に可愛い物が嫌いって訳じゃないんだが?」
カップとガラスポットを持ってエリーゼの向かいに腰かけると中身を注いだ。
何とも言えない香しさが脳を痺れさせる。
シャーロットはエリーゼの前にカップを置くと、自分も口を付けた。
「良い香り……」
「そうだ。私、こんなこと話に来たんじゃないわ。あの話聞いたかしら?」
「あの話? なにそれー?」
「次期妖精王様が決まったって話! ロリヘイム公爵のご子息らしいわ」
「へー。でもリンレイス様はまだまだお元気でしょーよ」
「何だかゴタゴタしてるって話よ?」
何故かエリーゼが前のめりになって興味津々な素振りを見せているが、シャーロットにはどうでも良い話だ。どうでも良いとは情がないと言われそうだが、先日呼び出されて多少状況が分かるので、何も言えないし言うつもりもないだけである。それに叔母のことなので口出ししたくないし何より政治に興味などない。
しかし、この恋愛脳の幼馴染には重大事であるようだ。確かに妖精の森は刺激が少ないし、若者たちに言わせれば退屈と言うことらしい。
「今度お披露目のパーティがあるらしいわよ」
「ふーん。あ、そ?」
「シャルってば、本当に興味がないのね……」
「まーね。ゆーて実際関係ないでしょーが」
シャーロットは面倒事には関わりたくないと言うのが本音だ。
過ぎ行く日々を読書して過ごしたいし、早く平和が訪れて人間と交流してみるのも良いかも知れないと考えている。後者が無理そうだと言うことも理解しているが、種族が違うだけで決して相成れない相手ではないとも思っていた。
シャーロットは自分の目の前でぎゃあぎゃあと喚くエリーゼの言葉を聞き流しながらボソッと呟いた。
「皆、現状を理解してるのかねー? 魔帝國は絶賛、戦争中なんだが?」