第8話 魔族大会議
魔王イルビゾンの封印が伝えられた翌日、ミッドヘイムの神星樹城の大会議室は、喧騒に包まれていた。
円卓には12の種族の長やその代理の者が座っている。
平時であれば新妖精王の即位のために各族長が訪れていたかも知れないが、今は有事である。当然、種族で最も強く、一族を纏める者が前線に赴いているのは当然の流れであった。
「慣例に従って粛々と新たな魔王を決めるべきだ」
今日何度目かの同じセリフを吐いたのは、死霊族の長クルスフィリアであった。
「しかし、虎狼族のガルビス様は前線のギーズデン砦で、更には鬼人族のキーラ様は東のケイトス峡谷で人間共と交戦中だ! その他の族長も散り散りになっているんだぞッ!」
虎狼族の族長代理の男が、己の不利をここぞとばかりに喚きたてた。
勇者パーティに魔帝國の帝都イヴィルまで攻め込まれ、魔王を封印された挙句、列強同盟や人族連合の軍勢に次々と攻め込まれ各種族は地方で分断されている。
クルスフィリアの意見に応えたのは、不死族のナンバー2だった者であった。
「そんなことは理解している。だが、不死の王であるイルビゾン様が封印された今、直ちに新魔王を決めるのが何より先決のはず」
「ガルビス殿やキーラ殿は魔呪刻印が出ていないのであろう?」
「その他の族長に刻印が発現したという話も聞かぬな」
「まさか封印された場合は、新たな刻印は現れないのか?」
円卓を囲む者たちの会話は魔呪刻印の話題に移る。
それを制したのは、有翼族の男であった。
その姿は天使や魔神に近いが、光も闇も纏っていない。
「あいや待たれい! 刻印であれば、我らがエウレカ様に発現したと聞いたぞ?」
「エウレカ殿だと? 有翼族の領土は今、人間共の軍に蹂躙されている。連絡も途絶えているはずだが?」
言外に本当なのか?と言うニュアンスの混じった声で、その場の1人が発言した。
有翼族の領土は魔大陸の東側に存在している。
今現在、列強同盟軍の猛烈な攻撃にさらされており、エウレカ自身も守備に回っているはずであった。
「過去には複数の者に刻印が現れたこともある。誰に出てもおかしくはあるまいよ」
「だがエウレカ様なら強大な力を持った魔王となられるのは間違いないだろう」
「エウレカ殿に発現した刻印の種類にもよるだろうよ」
「ふん。天使のなりそこないが何をぬかしているのかしら?」
「貴様ッ! 何と言ったッ!? 聞きづてならんぞ!」
有翼族の男と夢魔族の女が言い争いに発展しそうになる。
その時、翡翠色の流麗な髪を持ち、背中に羽を持った元妖精王リンレイスが静かに挙手した。新王バムロールには少々荷が重かったようだ。
議長を務めていた竜王ガルガンドルムは、すぐに騒いでいた者共を黙らせる。
一同が静まるのを待って、彼女は言葉を発した。
「我らが妖精族の1人に魔呪刻印が発現致しました」
「何ッ!? それは間違いないのか?」
「昨日のことですが、間違いございませんわ」
「刻印が現れたのであれば、是非もない」
多くの者がリンレイスの言葉に喰いつくが、1人異議を唱える者がいた。
「しかし、今は緊急事。こんな時に脆弱な妖精族に魔王など務まらぬわッ!」
そう吠えたのは、獣魔族の族長であるダイナストであった。
彼は魔獣の軍団を率いている、根っからの武闘派だ。
常日頃から力こそ全てだと公言している。
「……果たしてそうかな?」
竜王ガルガンドルムは低いながらも、はっきりとした口調で語り出した。
「多くの部族の領土は最早、人間の手に落ち、無事な場所もほとんどが劣勢に立たされている。まともな戦力が残るは巨人族と我が竜族……そして、ここ妖精族のミッドヘイムのみ……」
竜族は強者揃いの超武闘派集団であり、この魔王軍の中でも重要な地位を占めている。人間たちの列強同盟の一角を占めるデカダンス王国を一時は攻め落とす寸前まで追い詰めたほどである。
魔帝國デスペラントの首都まで攻め込まれたせいで、今は撤退して自領を守っているものの、各地に援軍を派遣し戦線を維持している。
そんなガルガンドルムの言葉であるから、どの代表者も二の句を継げないでいた。
「よく考えて頂きたい。現在、我々は昼なお深き大森林に護られた妖精族の都に集まっている。ミッドヘイムは天然の要塞だ」
彼の言葉を引き継ぐように巨人族の族長、ドンゲルクが続ける。
「妖精族は、生き残っている数も多く、その魔力も総じて高い」
どうやら竜族と巨人族への根回しは済んでいるらしい。
仮にも妖精族を長年に渡って纏めてきたリンレイスの面目躍如である。
「議長。慣例通り、種族比率による多数決で決めればよいのだ。そしてわしら竜族は妖精族の者に票を投じることを宣言する」
「馬鹿な……国が滅びるぞ……」
「滅びぬ! 不足と言うのであれば我々が新魔王陛下を盛り立てていけばよい」
「して、その者の名は?」
その問いに、元妖精王リンレイスはキッと鋭い目を周囲に巡らせて告げた。
「シャーロット・マクガレル……わたくしの姪にあたる者よ」