第0話 衝撃と裏切りと
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妖精族の国――ミッドヘイム。
その王城の大広間にて夜会が行われていた。
妖精族が属する魔族の国家、魔帝國デスペラントが人間を中心とした連合軍と各地で戦いになっていると言うのにもかかわらず呑気な話である。
妖精族を束ねる妖精王リンレイス・フォーレ・ヘイムニースも別に好き好んで夜会を開催している訳ではない。彼女は人間融和派であり、何とか両者を交渉のテーブルに着かせようと必死に動いている。魔族も人族連合も決して一枚岩ではないのだ。
リンレイスの姪であるシャーロット・マクガレルは、嫌々ながらも夜会に出席していた。何故なら次期妖精王バムロール・ロリヘイムの婚約者に決まってしまったから。彼は公爵子息であり、リンレイスの政敵でもある。そこに政治的な意味はあれ、シャーロットの意思は介在しない。
結婚する気はなかったが、覆せるだけの力など当然ない。
彼女は心を殺してバムロールとの結婚を受け入れた。不本意でも決めたからには全力を尽くして夫を支える。それが彼女が自身に課した生き方であった。
幸か不幸か、バムロールはシャーロットを好いているようである。
何度か話した感じでは悪い男ではないように思えた。
シャーロットは落ち気味な気分を切り替えようと、何とか自身に喝を入れる。
「それにしてもバムロール様はどちらへ……? エリーゼたちもいないし……」
シャーロットのパートナーとして一緒にいるべき相手が不在なのである。
一応、主賓でもあるのだから居心地が悪くてしょうがない。
しかも出席しているはずの幼馴染、エリーゼや友人のエルドラド、カノッサなども見当たらない。
そのせいもあってかシャーロットは思いの外、痛飲してしまっていた。
夜会は夜を徹して行われる。
そのため大広間の周辺の部屋は休憩ができるように開放されていた。
「あーきついんですけど。ちょーサゲなんだが? うっぷ……」
1人でいるのを不審に思われながらも、お酒を勧められるがままに飲んでいたのだからそうなるのは当たり前である。
シャーロットは休憩室に避難すべく、大広間から脱出した。
使用中の札が掛かっていない部屋を探して通路を歩いていると、艶やかな声が所々から聞こえてくる。何をしているのかと言われればナニをしているのだろう。
「ったく……そう言うことは外でやってよね……うっぷ」
元来、妖精族は夫婦となっても人間のような肉欲的な行為は必要としない種族であった。精神と魔力をお互いに通じ合わせ、幼体を生み出すのが子の為し方だったのだ。しかし長い時を経て人間と交流が進んだ結果、肉体的な行為が周知されるようになった。それは精神同調よりも強い快楽を得られること、そして子を為すため以外でも快楽目的で盛んに行われ、肉欲に溺れる者が増加するようになる。
多くの妖精族を堕落させたと人間との関係を断つべきだと主張する者も多い。
「あーここ空いてるっぽい……」
しばらく歩いて大広間からかなり離れた場所まで来てしまった。
ようやく一息つけるとホッとして、シャーロットが扉に手を掛けると、中から囁くような声が聞こえてくる。小声だが何とか聞き取ることが出来た。
「バムロール様……私は幸せ者ですわ」
「エリーゼ、愛いやつよ。私はそなたを離さないぞ」
「まぁ……嬉しい……」
「私はもうそなたの体なしでは生きていけぬ」
「(あの声は……エリーゼ!? バムロール様も?)」
頭を強く殴られたかのような衝撃を受けて茫然自失となるシャーロット。
彼女の右手が勝手に動く。
音も立てずに少しだけ開いたその隙間から見えたのはベッドに横たわる2人の姿。
光量を落とされた魔力の灯りが鈍く彼らを照らす。
「妖精王様……これからもお側に……(ふふふ、これで王妃の座は私の物)」
「もちろんだエリーゼ(良い女が手に入った。どいつもこいつもチョロイものだ)」
「シャル……シャーロットは?(ざまぁないわ。昔からちょっと美人だからって)」
「うむ。残念だが側室にはせねばならんだろう(あの女も美人だ。たっぷり楽しんでやる)」
「ふふふ……可哀そうなシャーロット。本当に憐れでならないわ(私の勝ちよ!)」
「くくく……まもなく全てが手に入る(ぐげげげげ。そう全てがな!)」
信じられないし信じたくはなかった。
シャーロットはこれが悪酔いした自分の夢だと思い込もうとした。
「(なに……これ……)」
熱い物が込み上げてくる。
それは感情的なものか、それとも肉体的なものなのか。
シャーロットは壁に手を付くと、思わず全てを吐き出した。
「頭が痛い……夢なら覚めてよ……うう……」
空き部屋を見つけると、ベッドへ飛び込んで枕を顔に押し付ける。
感情を爆発させようとするも気持ちはぐちゃぐちゃに乱れている。
シャーロットは結局、全てが情けなさ過ぎて泣けなかった。