3 現状を把握してみました。
まず、私の名前だ。
私の名前は、アーマリア・フォレスト・エーベルトだ。
最後の「エーベルト」は、この国の名前―「エーベルト公国」と同じで、それが私が「王族」であることを証明している。
私は、今現在の「エーベルト公」の末娘になる。
私の父には、三人の娘があって、父の後は長姉のルナマリアが継ぐ予定になっている。
彼女には補佐をする宰相の夫がいて、その夫との間に、男の子が一人いる。
私にとっては甥っ子のこの子が、もしかしたら父の後を継ぐ可能性もあるけれど、今のところ、姉が父の後を継ぐことは、誰も反対していない。
王位を女が継ぐことは珍しいことではあるけれど、有り得ないことではない。
まして、長姉の優秀さは周りが認めるところで、下手に男の後継ぎに拘ってろくでもない後継者を王位に付けたら、国は亡びてしまう、というのが周囲の見解だった。
「姫」であれば、他国に嫁いで己の生まれた国と嫁いだ国を繋ぐ役目をするものだとされているけれど、それは二番目の姉・マリアが十分に果たしている。
「エーベルトの至宝」といわれた母譲りの美貌は、彼女が幼い時から有名だった。
だから世界中から求婚者が絶えなかった。
しかし、彼女が嫁いだ国は、格式はあるけれど、小さな国だった。
しかし、その「格式がある国」と言うのがポイントだった。
エーベルト公国のすぐ隣にある、聖公国は、この世界の大部分の国が信仰する「神教」が生まれた国だった。
「神教」の総本山があり、「教主」と言われる「聖人」が代々存在するこの国は、「神国」の二つ名を持ち、小さいながらも「格式」ゆえに他の国々に「敬愛」されていた。
ゆえに、政治的にも「優遇」されることが多い。
この聖公国の王に嫁いだマリアは、「王妃」としての立場を利用して、エーベルト公国に有利なように立ち回っている。
子どもはまだ赤ちゃんの女の子が一人だけど、「生めるだけ生む」つもりでいることは、嫁ぐ前のマリアの発言からも、周知の事実だった。
女性でありながら、そんじょそこらの男性より優秀な長姉と。
女性であることを存分に利用しながら、異国で立ち回る次姉と。
「大変だわな、アーマリア……」
前世の私の立場からすると、アーマリアも十分に優秀な人材だ。
まるで、妖精が現れたような外見に。
こうやって、自分の政治的な立ち位置をきちんと理解している点から見ても、頭も悪くない。
だが、上二人が、あまりにも桁違い過ぎた。
もう、現れ方は正反対だが、気質は同じ「政治? やってやろうじゃないの!」と言う方々で。
しかも、この姉達がアーマリアをみそっかす扱いをするならともかく、この二人。
アーマリアの「記憶」から鑑みると、末の妹の彼女をひじょーに溺愛していた。
溺愛ではなく、激愛と言うレベルかもしれない。
ルナマリアが国政に励むのも。
マリアが、異国で暗躍に励むのも。
「かわいい妹を守りたい」という、これ一点のみだった。
彼女達の母親が、アーマリアを出産した後に亡くなったことも、姉達が激愛に走った原因の一つだったかもしれないが、小さくてかわいい「妹」の存在が、過酷な現実に立ち向かう彼女達には「癒し」だったのだろう。
まあ、ただ。
その「癒し」の存在だった、アーマリア自身にとっては。
姉達に、ただ「守られている」自分が歯がゆく感じられることもあったのだ。
その気持ちは、わかるような気もした。
私としては、アーマリアに、「いや、あなたも凄いんだよ!」と言ってあげたいけれど、優秀過ぎるぐらい優秀な人達を身近に見て来た彼女が、「自分は姉達のようにはなれない。けれど、姉達の力になりたい」と考えるようになったのは、無理もないのかな、とも思う。
で、そんな時に。
フォレスト公爵から王家に縁談の申し込みがあったのだ。
曰く、末の王女を貰い受けたい、と。
フォレスト公爵は、その名の通り「森―フォレスト」を領地に抱く、国境を守る一族だ。
その重要性から、二代から三代ごとに、婚姻を結んでた。
前回の時は、二代前。
つまり、アーマリアとレイガの祖父母の世代に、婚姻を結んでいたのだ。
だから私達は、はとこ同士でもある。
確かに、お互いまだ幼い時に何度か会ったこともあるので、「全く知らない者同士」ではなかった。
父親であるエーベルト公も、アーマリアは、国内の貴族に嫁がせたいと考えていたから、本当に渡りに船ではあったのだ。
当のアーマリアにとって、レイガは無口で物静かな印象を抱いていた。
まあ……彼は、親戚の集まりでも、その場にいた子ども達と遊ぶこともなく、だからと言って、大人達の中に混じることもなく。
窓辺に椅子を置いて、そこに座り、本を読んでいた。
日差しが当たって煌めく金色の髪は、とても綺麗だったことを、アーマリアは覚えていた。
決して周りと打ち解けようとしなかったレイガではあったが、アーマリアとは、言葉を交わしたことがあった。あれは、アーマリアがまだ十歳で、レイガは十四歳だった。
その時も、新年の祝いとして、親族達が王宮に集まって来たのだが、内内で開催されたお茶会でも、彼は誰とも交わることなく、ベランダに椅子を出して、一人本を読んでいた。
その日は、冬にしては穏やかな気候で、日が当たる場所は特に暖かった。
けれど、アーマリアは一人だけ外に出ているレイガが前から気になっていて、この時にも「お茶とお菓子を持って行こう」と思ったのだ。
侍女にさせれば良いじゃんか、と「有希」である私はそう思うけれど、優しいアーマリアは、一人で過ごしているレイガが、寂しそうに見えたのだろう。
『どうぞ……お茶です』
侍女に小さいテーブルをセッティングしてもらったアーマリアは、おずおずとお茶をレイガに差出した。
『……ありがとうございます』
アーマリアが差し出したお茶を、レイガはお礼を言って受け取った。
これが、実は二人の初めての会話だった。
『いつもご本を読んでいらっしゃるのですね。どんなことが書かれているのですか?』
『……領地経営の事だ』
『それは、どんなことですか?』
アーマリアとしては。
ただの「場繋ぎ」としての話題だった。
『領地経営の基本は、土地だ。そして、それを管理し、作物を作るのは領民達になる』
が、レイガの方はアーマリアが興味を持ったと思ったのか、そう本の内容を説明して来た。
重ねて言うが、この時のアーマリアは、十歳だった。
レイガの言うことは難しくて理解できないこともあったが、彼が話してくれることが嬉しくて、話を一生懸命聞いたのだ。
ないわ、と「有希」としての私は思うのだが。
アーマリアは、レイガのことは好ましく思っていたから、彼に惹かれるにはこの時の出来事でも十分だったらしい。
と言うか。
この時レイガが話していた「領地経営」なるものの内容を、十歳のアーマリアが理解していたこと事態、私的には凄い、と思う。
「アーマリア、あんた、凄いよ」
私は、小さく呟く。
今の私はアーマリアだけど、「麻生有希」としての意識だから、自分自身のこととは言え、どこかアーマリアは「妹」みたいに思えていた。
そんなこんなで、アーマリアはこのフォレストに嫁いで来たわけだけど。
この「森の国」と言われるフォレスト領は、冬はとても寒くなる。
夏は涼しくて過ごしやすいけど、温暖な公都で育ったアーマリアには、とても厳しい物だったに違いない。
慣れない土地で。親しい人はほとんどなく.
幼い頃から仕えてくれたロゼとか、何くれなく力になろうとしてくれたイルンとか、いたけれど。
肝心の夫であるレイガが、あれなのである。
「さて、どうするかな」
私は、ため息を吐いた。
とりあえず、今私がわかることは確認した。
ペンを机に置き、書いた内容を確認する。
書いている文字は、もちろん日本語ではない。
アーマリアの「記憶」に残っている文字だ。
「有希」の感覚としては、英語のような感じだ。
こうしてみると、アーマリアの現状は、あまり良くない状況だ。
このフォレスト領と王家を結ぶために嫁に来たと言うのに。
旦那とは、不仲。
そうして、その旦那との交流は……
「自信ないぞ、私」
アーマリアならば、「私が悪いんだ」と思って耐える場面も。
アラサーで、離婚も経験した私なら、「はあ!? 何ば言いよっとな!!」とブチ切れる可能性が高い。
と言うか、ブチ切れる。
絶対にブチ切れる。
「奥様、旦那の朝食が終わりました」
そんなことを考えていると、扉の外からイルンの声が聞こえる。
「わかりました」
私はその言葉に返事をして、立ち上がった。
とりあえず、私は「アーマリア」として、レイガとむきあわなければならない。
できるだけ、誠実に。
しかし、卑屈にならず。
心を決めて、私は扉へ足を向けた。