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2 目覚めたら、ヒロインになってました。

「奥様、気が付かれましたか!?」

 目が覚めた時、まずそう声をかけられた。

 私の意識はうっそうとしていたけれど、この「奥様」で、まず「ん?」となった。

 何故なら、私は独身だからである。

 まあ、一時期は「奥様」と呼ばれたこともあったけど、今は独身。

 まごうことなく、「ミス」なのだ。

 いや、そもそも。

 現代の日本で、「奥様」と呼ばれるのは、あまりない。

 最近は結婚していない人も多いから、「奥様」と呼んで地雷になることだってある。

 勤め先の図書館でも、きちんと「お客様」や「ご利用者様」と呼ぶように言われている。


 「ロゼ……?」

 しかし、私は自分を「奥様」と呼ぶ声の持ち主には、心当たりがあった。

 頭の中にあった記憶の中から、ぽん!とその名前が出て来る。

 この声の持ち主は、ロゼ・シーナ。

 私の一番の友達で、一番信用できる人間だ。

 まあ、私達の関係は「主人と使用人」だけど、私はロゼは友達と思っている。

 そこまで、考えて。

 私は、はっとなった。

 いや、待って。私は、麻生有希(あそうゆうき)と言う名前で。

 生粋の日本人で。周りにいる人達も当然日本人だから、ロゼと言う、外国人ですよねどう聞いても、という名前の人はいない。

 いない、はずである。

 けれど、私は確かにこの「有り得ない名前」を持つ人物を、「身近で親しい者の名前」と認識している。


「奥様!?」

で、次の瞬間。

 私の瞳に映ったのは、ウエーブのかかった栗色の髪を後ろでまとめて、まあ、漫画とかアニメとかで良く見るメイドの恰好をした、可愛らしい女の子だった。

「ロゼ……」

 私はロゼの名前を呟いて、次の瞬間、自分の頬を両手パン!と叩いた。

「姫様!?」

 そんな私の行動に驚いたロゼが、昔の呼び方をする。

「痛い……」

 だけど、私はリアルに感じた痛みに呆然となった。

「当たり前ですよ! 何をなさるのです!!」

 私の所業を見たロゼは、怒った表情で私を見ながら言った。

 その声を聞きながら、私はこれが「夢」ではないとわかり、茫然とする。

 

 ちょっと、待て。

 私は麻生有希。図書館で司書として働いているアラサーだ。

 四捨五入したら、アラフォーと言われる世代だ。

 んでもって、独身で一人暮らしだ。

 雇用は臨時だから、そろそろ次の働く場所を探したいと思っていたのが、現在の私の現実だ。

 

 それなのに、今。

 私は「奥様」と呼ばれ。

 漫画やアニメでしか見たことがなかったメイド姿の女の子を見て、「親しい立場の人間だ」と認識し。

 それを、「事実」として、受け入れている。

 「私、いったい……」

 いろいろな情報が頭錯綜して、何を考えて良いのかわからない。

 とりあえず、口から出た言葉は、そんな頼りないものだった。

「覚えていらっしゃいませんか? 急にお部屋でお倒れになったのですよ」

 髪と同じ色の瞳を私に向けて、ロゼがそう説明してくれる。

 と、その時だった。


「アーマリアが目を覚ましたそうだな!」

 部屋の扉が、ばんっと開かれ、人が入って来たのがわかった。

「旦那様」

 ベットの横に立っていたロゼが、慌てて頭を下げる。


「まったく、何でこんなことになったんだ」

 その人は。見事な金髪と、青い瞳を持っていた。

 鍛えられた体は、長身で。

 顔立ちは、精悍。ギリシャ彫刻の画集に出て来るような出で立ちだ。


「答えろ、アーマリア!」

 この男は、レイガ・フォレスト。

 フォレスト領の領主で、わが国一番の軍人である。

 誰もが、この男の妻になりたいと思い、愛人になることすら望んでいると言う。


「知らんがな」

 が、しかし。

 今の私には、ただの小うるさいガキだった。

 話の中では、彼はまだ二十一歳だ。

 アラフォーバツイチの私に言わせれば、まだまだケツの青いガキでしかない。


「お、奥様?」

 私の言葉に、ロゼは真っ青になった。

 小うるさいガキとなり果てたレイガも、絶句している。

「とりあえず、寝ます。お引き取りを」

 私はそう言うと布団をめくり、その中にうずくまった。


              ★

 私としては、このまま眠って。

 次に目が覚めた時は、元の現実の世界に戻っているんじゃないか、と期待したのだ。


 だが、しかし。


「おはようございます、奥様」

 次に目が覚めた時は、やっぱり元の世界には戻っていなかった。

 それどころか、鏡に映る自分の姿を見て、私は茫然としてしまった。

 「麻生有希」としての私は、真っ直ぐな黒髪に、黒い目をしていた。

 典型的な日本人の特徴だ。

 けれど鏡に映っているのは、腰までありそうな長い銀の髪に、銀色の瞳。

 確か、「ひとひらの雪」の主人公・アーマリアは、こんな出で立ちだった。


「……ねえ、ロゼ」

鏡の前に座った私の髪を、熱心に梳いてくれるロゼに話かけた。

「何ですか、奥様」

「私の顔って、こんなんだったんだっけ?」

「何を言っていらっしゃるんです! あなた様は、アーマリア・フォレスト・エーベルト様は、生まれた時からこのお姿ですよ!!」


 鏡に映っているロゼの表情は、驚愕そのもので。

「ごめんなさい、変なことを言ったわ」

 私は、そう言って謝った。


 けれど、心の中は「でぇぇぇぇぇぇ!?」と叫びたかった。

 どうやら、正真正銘、私は「ひとひらの雪」の世界に紛れ込んでしまったらしい。

 正確には、「転生」と言うのか。

 けれど、そうなったとしたら、現実の「麻生有希」はどうなったのか。

 

 死んでしまったのか。

 独身で、派遣の司書で、一人暮らし。

 「孤独死」なんてものに、なっているのかもしれない。

 あるいは、病院で意識不明になっているのかもしれない。

 

 どうして、私が今、アーマリア・フォレストという主人公になっているのか。

 どうして、こんな状況になったのか。

 私の頭の中も、「どぇぇぇぇぇ」の状態だった。

 考えても、わからない。

 確かに、私は自分の部屋のアパートで横になっていた。

 仕事を終えて、慎ましい夕食を食べて、ちょっと贅沢に入浴剤を入れたお風呂に入って。


 なのに、目が覚めた時は、「ひとひらの雪」のヒロインになっていた。

 本当に、これって、いったいどういうことなのか。

 そんなことをぐるぐると考えている間にも、鏡の中の私の身支度は整っていく。

 髪を梳くのはロゼがやってくれたけど、ドレスに着替えたり、化粧を整えたり、髪をセットするには、やはり人手がいるようで、ロゼ以外にも三人のメイド姿の女の人が入って来て、私を綺麗に着飾ってくれた。

 はっきり言って、ファンタジー世界の服ってのは着にくい。

 幸いこの世界にはコルセットなるものはないみたいだけど、補正下着のようなものは着けなくてはいけなくて、そしてドレスを着る。

 フワフワのレースが付いたドレスは憧れの対象かもしれないけれど、私には「動きにくい」代物だ。

「まあ、お綺麗ですわ、奥様」

 身支度が整った私を見て、ロゼが嬉しそうに言う。

 確かに、鏡の中にいるアーマリアは綺麗だった。

 長い銀の髪はそのまま下ろしていて、薄い布を何枚も重ねて作ったドレスは水色だ。

 それが相まって、彼女の美しさを引き立てている。

 でも。

 私には、それが自分だとはとても思えなかった。


「朝食のお時間です」

 コンコン、とドアをノックされ、メイド達が扉を開けると、執事みたいな姿をした人が現れて、そう私に告げた。

 この人はイルンという名前だったな、と私の中にある「アーマリア」の記憶がそう告げる。

 イルン・セアルド。

 夫のレイガとは、幼馴染で親友でもあった。

 切れ長の瞳は黒くて、髪も黒。

 レイガよりも三つ年上の彼は、執事としてレイガをサポートしている。


「昨日は急に倒られましたが、体調の方はいかがですか?」

 イルンは、下げていた頭を上げると、私にそう問いかけた。

 後ろでまとめたヘアスタイルが、それだけでも「執事です」と主張している。

「ありがとう。心配をかけて申し訳ありません」

 そんなイルンに、「アーマリア」の記憶が、私にそんなことを言わせてくれる。


「では、こちらへ」

 そうして。イルンは先頭に立って、私を食堂へと案内してくれる。

 これは正直、とても助かった。

 なんせ今の私は、自分の現状を把握するだけでせいいっぱいで、建物の中のことは思い出しもしない。

 「自分一人で行ってください」と言われたら、絶対に立ち往生していたに違いない。 

 いや、遭難していた。

 

 何故にたかだか食事をするために、こうも歩かないと行けないのか。

 1DKのアパートで、台所まで歩いて一秒だった私には、その必要性がわからない。

 で、イルンの案内で五分ほど歩いた先に、「食堂」はあった。


「旦那様、奥様が来られました」

「失礼します」

 扉が開き、私はイルンの後に食堂に入った。

 どとん!と言う音が聞こえそうな、やけに広いテーブルがまず目に入る。

 それを見た瞬間、「これ……何人座れるんだろう?」と、私は思った。


「奥様、こちらへ」

 どうやら食堂の方に待機していたらしいメイドが、椅子を引いてくれる。

「ありがとう」

 それに私はお礼を言って、向かい側に座るレイガと向き合った。

 レイガは、椅子に座った私をマジマジと見ていた。

「調子は良さそうだな」

「はい。ご心配をおかけしました」

 とりあえず、昨日かなり失礼な態度を取った自覚はあるので、そう言葉を告げる。

 しばらくすると、カチャカチャという音がして、ワゴンを持ったメイドが入って来た。


 「どうして、昨日倒れたりしたんだ」

 メイドがワゴンの上に置いた陶器のティーポットを持って、テーブルに置いている。

 それを気にしないで、レイガが口を開いた。

「えーと……」

 私としては。

 お茶をつごうとしているメイドさんの手が、びくびくと震えているのが気になった。

 見ると、彼女はまだ年若い。

 もしかしたら、アーマリアとたいして変わらないのかもしれない。

 そんな子が、怒鳴り声がする中でお茶を入れろとは、どんな難題なんだ!?と私は思った。

 

 だから、

「それは、後に話しませんか?」

 と、レイガに提案した。

 周りのメイド達も、イルン以外は全員緊張した表情をしている。

 アーマリアより年上の者達もいるようだが、年若い子達も何人もいる。

 はっきり言って、そんな若い娘さん達に恐怖を抱かせることは、アラサーの大人としてはやるべきことではない。

「何故だ!?」

「今は食事の時間です。周りの者達にも心配や気遣いをさせてしまいますから、後で旦那様の書斎でお話しましょう」

 「私に逆らうのか!?」

 

 私としては。

「後で話しませんか?」と言ったつもりだったのだ。

 何故、そうなるのか。

「旦那様」

 私は、ため息を吐きながらレイガに話しかけた。


「確かに、私は旦那様にご心配をおかけしました。それは、私の不徳の至るところです。でも、今わたくしはこうして回復して、朝食に来ております。旦那様のご心配は大変ありがたいのですが、今この場所で、何故私が倒れたかを話すのは、適切ではないし、急いで聞く必要はないと思います」

 給仕役をするであろうメイド達は、動けないでいる。

 せっかくキッチンで働く者達がタイミングを計って出してくれただろう料理も、味が落ちてしまうかもしれない。

 けれど、レイガは私の言葉に、気分を害したらしい。

 ガタッと、勢いよく立ち上がると、そのまま何も言わずに食堂を出て行ってしまった。

 その勢いに、給仕するメイド達は固まっている。


 「イルン」

 私はため息を吐きながら、イルンの名を呼んだ。

「はい、奥様」

 漂う緊張感の中、イルンは落ち着いている。

「食事の用意を続けさせて。私は、朝ごはんを食べたいの」

「わかりました」

 イルンは私の言葉に頷くと、メイド達に準備を進めるように視線で伝えた。

 

「ただ、奥様」

 私の言葉に頷いたイルンは頷くけれど、そう言葉を続けた。

「旦那様は、奥様がお倒れになったと聞いて、大変ご心配されていました」

「わかりました。旦那様の朝食は書斎に運ぶの?」 

「そうです」

「ならば、朝食の後に書斎に伺います、とお伝えして」

 イルンの言葉には、「旦那様の気持ちを考えてくれ」と言う思いも込められていた。


 まあ、その気持ちもわかりはする。

 イルンは、レイガの幼馴染兼親友でもある。

 小さい時から共に育った主人の気持ちを察することができる人だし、思い入れがあるのは、私ではなくてレイガの方だろう。

 小説のアーマリアも、真撃にイルンの言葉を受け入れていた。

 だが、読んでいた私は、「いやいやいやいやいやいや」と盛大に突っ込んでいた。


 いくら心配だからと言って、何故に倒れた人間に向かって詰問するように話しかけたり、朝食の席で怒鳴り散らされなくてはいけないのか。

 倒れたアーマリアに必要なのは、心配よりも労わりなのだ。

 レイガは、自分の不安を解消するために、アーマリアに負担をかけていたに過ぎない。


 ただ、そうは言っても。

 今私が思っていることをそのまま口にしたら、それはそれで大問題が起こるのだ。

 レイガが出て行ったせいか、心なしかメイド達の緊張も溶けたようで、朝ごはんのメニューが次々と置かれて行く。

 運ばれて来た料理は、最初が卵料理、その次がパンと果物、そして温かいスープ、そして最後に紅茶が出た。どれも丁寧に作られていて、とても美味だった。


「美味しかったわ!!」

 私は、笑顔でそう言いながら、「ごちそう様でした」と手を合わせた。

「……完食されましたね」

 イルンは、空になった皿を見て、そう呟いた。


「ええ。とても美味だったもの」

 その言葉は。嘘ではなかった。

 カリカリに焼かれたベーコンも、ふわふわのスクランブルエッグも、野菜がじっくりと煮込まれたスープも、とても美味しかった。


「旦那様のお部屋には、旦那様がお食事を終えた後に伺うわ。それまでは、書庫で待っていて良い?」

「はい、そのように」


 イルンが頷いたのを見て、私は椅子から立ち上がった。

 そのまま、扉まで行くと、くるっと正面を見て、

 「ありがとう、美味しかったわ」

 と、ペコリと頭を下げた。


 まあ、これは。私のクセみたいなものだ。

 美味しい物を食べた店では、こんな感じで会計後に言っていた。


 そんな私に、メイド達はびっくりしたような表情をしていた。彼女達の表情を見て。 

それが当たり前ではないことなのだと、私は気付いた。


 貴族とか、使用人とか、平民とか。 この世界では、当たり前に存在しているのだ。

「……」

 苦い感情が湧き上がって来たけれど、私は頭を振って、その感情をやり過ごす。

今は、社会の理不尽とかを考えている時じゃない。今の私が考えなければならないのは、今の自分のことなのだ。


「ふう……」

 私は、ロゼに案内してもらった書庫で、椅子に座って、ため息をついた。


書庫と言っても、置かれた机とか椅子とかはとても重厚で、部屋の広さも、私が住んでいた1dkのアパートよりも断絶広い。


私は窓から差し込む柔らかい光を頼りに、白い紙を一枚テーブルの上に置いた。

とりあえず、現状確認をすることにしたのだ。


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