幕間<フォレスト公爵夫人付き侍女・ロゼの書簡と姉妹の会話>
親愛なる公女様
お久しぶりでございます。皆様は、いかがお過ごしでしょうか?
こちらは緑の月を迎えまして、ようやく春の息吹を感じられるようになりました。
そちらは、初夏を迎える頃でしょうか。
つつがなくお過ごしてのことと思います。
こちらは、以前お伝えした通り、奥様がお倒れになったことがありました。
その後無事に意識は回復され、つつがなくお過ごしなのですが、まるで別人になられたようなご様子なのです。
まずは、以前であれば旦那様のお言葉には従っていらっしゃったのですが、ことごとく反対の意見を口にされるようになり、旦那様のご意見は、「必要ないわよ」と言い切られるようになられました。
もちろん、フォレスト公爵家の外聞を穢すようなことはなく、内内でされているのですが、「めいそう」だの「きんとれ」だの「すとれっち」だの、私がよくわからない言葉を口になさります。
そしてそれらは、「おしかつ」のためにおこなっていらっしゃるそうです。
「おしかつ」という言葉の意味も私にはわかりかねるのですが、奥様は
「私は幸せになりたいの。そのためには、体力が必要なの」
とおっしゃっており、そのために「おしかつ」をなされるそうです。
そして、先日はなんと、侍女頭のアマンダ様と一緒に、「体力作り」をされることになりました。
この時も、旦那様は反対されまして、朝食の席で、
「「お前は、きっと、アマンダの動きに見惚れるだろう。そして、こう言うのだ。『アマンダの嫁になりたいです!』」と言い放たれ、それに対して奥様は、「え、何でわかるですか⁉」と返され……。
その後、何があったのかは、ご想像くださいませ。
ただ、アマンダ様がお二人に話をしてくださりました。
まず、国境を守るフォレスト公爵夫婦が、朝食の席で言い争いをすることは、使用人達の動揺を誘うこと。
ご夫婦の仲がどのようなものであれ、常に落ち着いた関係でいなければならないこと。
フォレスト公爵という役目を担う以上、仕えている者達や兵士達、領民たちには不安を抱かせてはいけないこと。
かなり厳しい口調で話され、旦那様も奥様も神妙な顔で聞いていらっしゃいました。
そうして。こう言われたのです。
「旦那様も、奥様も共同でお仕事をされることが必要です。私達は旦那様の意向を受けて、今まで奥様には何もお仕事を頼みませんでしたが、本来の貴族の奥方には、家政を中心にして、領地のことにも関わります。ですから、今後は、共に領地経営にも関わるようになっていかなければなりません」
「アマンダ、それは……!」
「奥様のお体のことをご心配されているのであれば、私が体力作りを共に行います。もちろんご無理のない範囲で、行わせていただきます」
旦那様は躊躇っていらっしゃいましたが、アマンダ様は迷いのない表情できっぱりと言われ、奥様はとても嬉しそうな表情をされました。
私は、この件に関しては、とても良いことだと思っています。
奥様は嫁いでからは、お体を弱くして寝込むことも多かったので、体を鍛えることは、良いことだと思います。
ですが、奥様は、どうやら「離縁」もお考えになっているご様子なのです。
今の奥様は、ご自身の立場や周りの方々がどう思うのかなど、些細なことだとお考えのようです。
お体がお健やかになった奥様が、離縁の道をお選びになるかもしれない……と思うと、一抹の不安もあるのです。
親愛なる公女様。どうか、貴方様も奥様にご助言をお願いします。
私は以前のような、旦那様を健気に支える奥様に戻っていただきたいのです。
★★★
「実に、興味深いね」
妹の嫁ぎ先からの手紙を一通り読んで、エーベルト公国第一公女・ルナマリア・エーベルトは視線を上げた。
銀髪の長い髪を一つにまとめ、切れ長の青い瞳を持つ彼女は、まとう衣服はドレスではなく、男性用の物。
「まあ、アーマリアからでしたか?」
そうして。彼女の隣の椅子に座ったエーベルト公国第二公女・マリア・エーベルト・ヨシュアは、眠っている娘を抱きしめながら、姉に問いかける。
彼女は長い銀の髪を編み上げてまとめており、軽やかなシフォンの生地に爽やかなグリーンのドレスをまとっている。
二人はよく似た顔立ちをしながら、正反対の雰囲気を醸し出していた。
「見てみると良い」
そう言って、ルナマリアは、手紙を妹に差し出した。
「まあ……」
腕の中の幼子を片手で支えながら、反対側の手で末妹の手紙を姉から受け取った彼女は、姉妹と同じ青い瞳を細めた。
「姉上様は、どうされるおつもりなのですか?」
「そうだな……そなたは、どうすれば良いと思う?」
「わたくしは、アーマリアの良いようにすればよい、と思いますわ。確かに、フォレスト公爵家とのつながりは途絶えるかもしれませんが、代わりの者をお父上様の養女にして、また嫁がせれば良い話ですもの」
妹の言葉に。
ルナマリアは、くすりと口元を歪ませた。
「そう……私も、そう思う。だが健気なあの子は、まだそのことは考えまい。考えたとしても、最終決断、だろうな」
「そのような価値が、あのフォレスト公爵にあるとお考えですか?」
姉に手紙を返しながら、マリアは厳しい表情で問いかける。
「あるかどうかと言えば、私的には『ない』が、だからと言って、あの子の意思を無視するわけにはいかぬであろう?」
妹の言うことは、最もだった。
末の妹がフォレスト公爵・レイガに嫁いで一年。
折々にアーマリアから手紙をもらってはいるが、それは形式的なもので、あまり彼女の身辺の様子は伝わって来なかった。
だが、人の噂と言うものは、兎角伝わってくるものなのだ。
アーマリアが社交界に出てこないこと。フォレスト公爵領にも、姿を現したという情報がないこと。
まだ新婚だからと理由も、まあ納得できる部分もあるのだが、それにしても、あまりにもアーマリアの姿が見られず、どうやら館に閉じこもっているらしい、フォレスト公爵夫婦はどうなっているのか、と。
「あら、姉上様。ロゼからの手紙では、アーマリアも離縁は考えているみたいですわよ?」
マリアは、ロゼからの手紙をルナマリアに返しながら、そう言葉を続ける。
「腹は決めたってことだろう」
妹が返して来た手紙に再度目を落としながら、ルナマリアは言った。
「それは、すぐ離縁を選ぶことではない、ということですか?」
「そなたであれば、どうする?」
姉の問いに。
「まずは、周りを零落することにしますわね。おめおめと自国に帰るのは、全てのことをやり尽くした後です」
マリアは、即答した。
「そう……私も、そなたと同じ道を選ぶ。そしてアーマリアは、私達の妹だ」
妹の答えに、ルナマリアは苦笑しながら、頷いた。
「でも、あの子はわたくし達と違って、優しい子ですわ。人を責めることも、切ることも考えないでしょう」
目的のためならば。
自分達が冷酷に判断して、切り捨てることも容赦しない気性であることは、二人とも自覚していた。
切り捨てられる方の「思い」など、微塵も考えない。
否。
考えていては、決断はできない。
「……そこが、あの子の良さであり、甘さではあるな……」
妹の言うことは最もなことだったので、ため息を吐きながら、ルナマリアは言った。
「とにかく、あの子の望みを知ることが大切だと思いますわ」
「そうだな……」
そうして。
エーベルト公国の美しき二人の公女は、確認し合うように頷き合った。