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1 プロローグ ひとひらの雪

  クソだな、この男。

 それが、最初に思ったことだった。

            ★

『ちょっと、それ酷すぎ!!』


 そう私が言うと、相手は憤慨したように言った。


『いや、だって。この男、何でヒロインが死んだ後に「何でこんなことに!?」って言っているわけ? そもそも、ヒロインに冷たくしていたのは、この男じゃん』


『仕方ないじゃない。このヒーローさんは、小さい頃から家族の愛情に恵まれなくってさ。人との愛情には、疑い深いのよ』


『だったら、結婚なんざ申し込むなってことだよ。結婚当初から主人公の部屋に訪れない、一緒に夕飯取らない、出かけない、社交界にも連れて行かない。挙句の果てに、浮気疑って、強姦まがいって、アホじゃないの? しかも、「お前は私のものだ!」って。何様のつもりなのよ。りっぱなDV男じゃん』


『だったら、言わせてもらうけどね。ヒロインの子も、主体性なさすぎよ。旦那に冷たくされて、何も言わなくて、ただ待っているだけって。自分の意見もちゃんと主張しないで泣いているだけって、何考えているの!?って思っちゃうわ』


『いや、この手の男に自分の意見を言うって難しいわよ。言ったところで、「うるさい、黙れ!」って言いそうじゃない』


『ヒロインの方も、泣いているだけじゃあ駄目だわ。泣く暇があったら、離婚に向けて行動すれば良かったのよ』



『あ、それは賛成だわ。こんなクソな男には、さっさと見切りを付けて、次に行った方が絶対いいって』


『だーかーら、それは違うって!!』


 この時。

 私は三十代で。

 相手も三十代だった。

 良い年になった大人が、一緒になって、読んだ本の感想を言い合う。

 それは、仕事の後の、一番の楽しみだった。

 

 大抵の大人だったら、飲みに行くとか、ウィンドウショッピングとかに行くことが普通だったのかもしれない。

 けれど、私達はお気に入りのカフェに行って、自分達が読んだ本の話をするのが、定番だった。

 この時も。勤務する図書館のリクエストの中で、一番「図書館に入れて欲しい」と要望が高かった本を、私達は読んでいた。


 それが、「ひとひらの雪」という、恋愛小説だった。

 異世界が舞台の恋愛小説で、主人公は、国王の末娘だった。

 三人姉妹の末っ子だった彼女は、優秀な姉達にコンプレックスを持っていた。

 長女である一番上の姉は、後継ぎとして期待され、周りの期待に十分応える逸材だった。

 次女である二番目の姉は、その美しさで国外から数多の縁談があり、大国に正妃として嫁ぎ、主人公達の国と嫁いだ国を繋ぐパイプ役目を果たしていた。

 けれど、末娘である主人公は、何の取柄もなくて。

 国のためにも役立たないと思っていて。

 だから、国で一番の軍人であるヒーローが自分に求婚してきた時には、「これで、自分も国のために役立てる」と喜んだ。

 王家の自分の血がその家に入れば、王家との繋がりができる。

 国で一番の軍人の彼の家と、王家が深いつながりで結ばれたならば、この国も安泰であると。

 

 まあ、王族としての結婚に対する心構えは、主人公はりっばだと思う。

 何て健気なんだ、本当にこんな子がいたら、私は嫁にしたいぐらいだ。とこの部分を読んだ時は、本当に心の底からそう思った。

 だが、その後が。

 その後が、まずかった。


 彼女は、私からすれば「DVじゃん、それ!」という扱いをヒーローから受けて。

 哀しみはするものの、それを甘んじて受け入れ、耐える方を選んだのだ。


 これは、一番やってはいけない方法だったと、私は読み終わった後もそう思った。

 DV男は、自分の方が正しいと思っているから、相手が素直に自分に従っていると、ますます粋がってしまう。

 こういう時は、まずは毅然とした態度で、「それは嫌です」と伝えるのが良いのだ。


 ただ、まあ。そうは言っても。

 これは、小説の話で。

 現実の話ではないのだ。


 しかも、結局二人はすれ違ったまま、哀しい結末を迎えてしまう、というバットエンドが世間では大いに受けて、「ひとひらの雪」はベストセラーにまでなってしまった。


 だから、図書館でのリクエストボックスでも、購入希望NO,1になっていて。

 私も読書友も読んだのだけど、私達の意見としては、

「この物語の主人公達にはなりたくないね」

 だった。

 

 そう。特に私は、この小説の主人公・アーマリア・フォレストに。

 絶対に、なりたくないと思っていた。





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