無意識の部分
ウィルリーンは、シュレイノリアの言っている事が、何となく分かった様だが、ユーリカリアに説明となると、どう説明していいのかと思ったのだ。
それを見たジューネスティーンが、助け舟を出す。
「人の動きというのは、複雑なのですよ。 それを魔法紋を作る時にも応用しているのです。 さっき歩く時に左右の足を交互に出す事を意識しているかと言ってましたが、歩くという動作には、足を左右交互に出す以外に腕を振ったり、腰の位置を意識とは別の部分で勝手に制御をする様に動いているのです。 誰もが無意識に行っているので分からないと思いますけど、歩くという行為は、目的地に移動するまで、パターン化された動きになってます。」
ジューネスティーンは、そこまで話すと、少し考える。
歩く以外にも何か良い例が無いかと考えているのだろう。
だが、すぐに思いついた様な表情をすると話し出した。
「それに武器をふるう時の事を考えてください。 例えば剣をふるう時は、肩・肘・手首だけではなくて、足腰も使ってますよね。 剣を覚える時に下半身の動きをスムーズにする為に腕だけではなく足腰も鍛錬したはずです。 人は無意識の内に体全体を使って行動をしているのですよ。 その無意識に行っている部分というのは、パターン化されますから、それだけを抽出した魔法を作っておくと言いたいのですよ。 それをヘッダーファイルと彼女は呼んでいるのだと思います。」
そう言って横を見ると、シュレイノリアはその通りだという様に態度で示す。
それを見てジューネスティーンは、更に続ける。
「例えば、このカップ一杯に水を貯めるのと、そちらに有るボトルに水を貯めるとしましょう。 使うのはどちらも水魔法のウォーターになります。 カップでもボトルでも基本魔法はウォーターなので、ウォーターの魔法がヘッダーファイルになり、貯める水の量を変数として与えれば、その量になったらウォーターの魔法を止める様にする。」
ジューネスティーンは、ユーリカリアの前にある、グラスとボトルを指して話を進める。
「どちらも水を貯める魔法なので、水量以外は、同じ工程になりますから、魔法紋の術式は一緒になります。 そこに変数として水量を加える事で、カップの水量にするか、ボトルの水量にするかになります。 水を集める、貯める、止めるの工程は同じなので、それをヘッダーファイルにしておけば、後から変数として水量を入れるだけになります。 こんな感じで魔法紋に付与する術式を色々と用意しておいて、組み合わせて使うなら、術式の構築は簡単になります。 多分こんな事を言いたいのだと思います。」
今の話を聞いて、そのテーブルにいた人達は、なんとなくではあるが、ヘッダーファイルの概念が分かったようだ。
「成る程、そういう方法なら、新たな魔法紋を設計するのは、簡単になるのか。 そうなると、そのヘッダーファイルというものの数が多ければ多い程、魔法紋の設計は楽になるのか。」
ユーリカリアが納得した内容を口に出すが、ウィルリーンは、その話を聞いて、顔が青くなっている。
魔法紋の設計には、使う魔法を手順通りに並べていく。
ヘッダーファイルというものが何となくは理解できたが、ヘッダーファイルを組み込むにしても順番通りに起動していく方法はどうなるのか。
(毎回ヘッダーファイルを置いていくことになるのではないか? )
疑問に思った、ウィルリーンは、シュレイノリアに聞く。
「あのー、済まない。 そのヘッダーファイルというものなのだが、魔法紋によっては同じ事を何度も繰り返す作業が有ると思うが、それはその都度ヘッダーファイルの内容を書き込むのか? そうなると、魔法紋の構成は今と同じ程度の構築された魔法紋になってしまうと思うのだが? 」
それを聞いたシュレイノリアは、キョトンとした顔で答える。
「同一の魔法は、サブルーチュンとして扱う。 独立した別術式を作っておく、必要な時にその術式に入って実行した後、元の術式のところに戻る。 その様にする事で術式は簡略化できる。」
その様な事は考えてもみなかったウィルリーン、術式の簡略化についても新たな考え方を持っている事に気付いた様だ。
「そう、簡略化できる。 それにジューネスティーンがパワードスーツの開発のために、色々と注文をつけた。 それに直ぐに変更になった。 だから、その時に思いついた。 プログラミングの考え方。 お陰で、その時に考えたヘッダファイルは、約2000ファイル。」
それを聞いてウィルリーンは更に青くなる。
魔法紋を作るのにどれだけの人がどれだけ叡智を絞って作ったのかを思い知らされた様だ。
今一般に知られている、魔法紋が約200、それを凌ぐ数の完全な魔法では無いにしろ、部分的な魔法でもその10倍をシュレイノリアが考えたというのだ。
それを聞いて、ジュエルイアンが、これも商売になると思い話に入ってくる。
「そんなにあったら、本が作れるな。 で、そのヘッダーファイルとやらは、どこに有るのだ? 」
商売になりそうな事だと呑気に口を挟んできた。
「いや、羊皮紙は高いから、書いた物は無い。 全て頭の中に入ってる。」
そう言って、シュレイノリアは、右手の人差し指で自分の頭を指す。
ウィルリーンは、その話を聞いて唖然として、更に血の気がひいていくのが分かる。
魔法紋についての概念は、描かれた魔法紋の内容を魔法として発動するもの程度に覚えていた。
魔法についても師匠より教わった魔法をその通りに呪文を用いて韻を結び発動させるものだと考えていたが、シュレイノリアは、魔法の概念を理解しているのだと気がつく。
概念的な事から魔法の構築に必要な事を理解しているから、魔法紋を簡単に自分で作ってしまう。
また、作るにしても魔法紋の部分部分においてどの様な効果をもたらすのかを理解しているので、魔法紋を部分的に抽出してその部分だけを何度も使う事で魔法紋自体を簡略化できるという。
更に驚いた事は、そういった部分的な魔法の術式が2000も頭の中にあるという事。
自分自身、魔法の師匠から自分の持つ全ての魔法を、これだけ短期間で覚えたのは初めてだと、太鼓判を押してもらったが、それでも自分が覚えている魔法は、49だけで有る。
その数を遥かに凌ぐ2000もの術式を覚えているという。
「2000もの魔法紋が頭に入っているのですか。」
ウィルリーンは恐る恐る声に出す。
だが、シュレイノリアは、ソレがどうかしたのかといったような顔で、ウィルリーンをみる。
「それはパワードスーツ用に作ったものだけ、他にも有るから、3000位は覚えている。」
それを聞いてしまうと、格の違いを思い知らされるのだ。
今までに師匠から教わった時の事を思い出し、凹むよりも、なんだか清々しい気分になったのだろう。
ウィルリーンは、呆けた様な顔をしている。
自分より圧倒的に魔法に関する知識の高さに、彼女に対抗しようとすることが馬鹿馬鹿しくなってしまったのだ。
そして、ウィルリーンは、笑い出してしまった。




