ジュエルイアンの話
席の振り分けが終わる。
一部の思惑と、それに便乗した人達と、貧乏くじを引いたのか、それとも、それを逆手に取るのかは、これからの話し手の手腕によることになる。
一方、ジュエルイアンは、先日の魔法紋の付与を魔法で行う、 “ドロウイング” の魔法の流出を抑えるために、ユーリカリアと接触を持つことに成功した。
最初の一手が、完全な成功とは言えないが、大きな餌になった事に安堵しつつ、交渉材料としての価値は失ってないと確信しているのだった。
全員が座ると、直ぐに食前酒が運ばれてくる。
ジューネスティーン達は、誰も飲まないので、ジューネスティーン達には、フレッシュジュースが運ばれてきた。
向こうのテーブルで、シェルリーンとヴィラレットが、運ばれてきた食前酒をジューネスティーン達の物と同じ物に交換してほしいと要求するので、持ち帰って交換する。
運んできたルイセルをジュエルイアンは呼び止めて耳打ちをする。
ジュエルイアンは、届いた飲み物を勧めると、自分も、先程まで飲んていたワインを飲む。
ジュエルイアンは、ユーリカリアが、出された食前酒を、グラスの半分程を、一気に飲んだのを確認して、やはり、ドワーフ属だと思った様だ。
それならば、店に頼んだ事が、成功だと思いユーリカリアに話をする。
「貴方には、何か別の酒をご用意します。」
ユーリカリアは、慌てて、いつもの調子で飲んでしまった事を後悔する。
「あっ、お構いなく。」
そう言うが、直ぐにルイセルが戻ってきて、トレーに、ボトルと、新たなグラスを持ってきて、ユーリカリアの横にグラスを置くと、持ってきたボトルをグラスに注ぐ。
注ぎ終わると、ボトルを横に置いて、個室から退出した。
ユーリカリアは、目の前に置かれたボトルに貼られたラベルを見て、帝国では、ほとんど流通していない高価な物だと分かる。
Aクラスの冒険者であっても、そう毎日飲む事ができる様な物ではない。
盃の様な小さなグラスで、ちびちびと舐める様に呑む様な高価なものを、グラスに注がれて、ボトルごと置かれたのだ。
注がれると、その酒の、甘い様な辛い様な、何とも言えない芳しい匂いが、ユーリカリアの周りを漂う。
ユーリカリアは少し驚いていると、ジュエルイアンは、少し意地悪に言う。
「あまり、お気に召さない様でしたら、別のものに交換させますか? 」
ユーリカリアは、飲みたいと思っても、中々、手に入れられない酒なので、飲んでも良いのかと思っていたのだが、ジュエルイアンが、変えようかと聞いてくるので、慌ててそれを否定する。
「いえ、そんな事はありません。」
言いつつも、視線は目の前のグラスから外してない。
「これ、私が飲んでも良いのですか? 」
ユーリカリアは、恐る恐る聞く。
「ええ、貴方なら、こちらの方が良いかと思いまして、頼んでおきました。」
そう言うと、どうぞ飲んで下さいと、手でジェスチャーすると、ユーリカリアは、喉を一度鳴らしてから右手をグラスに持っていく。
恐る恐る、グラスを取ると、ゆっくりとグラスを口に持っていき、一口、口に含み口の中で広がる酒の香りと味を楽しむと喉に流し込む。
流し込むと同時に、香りが鼻に上がって鼻腔の中で香りを楽しむと、至福の表情を浮かべる。
「こんな良い酒を、こんな贅沢な飲み方ができるなんて。」
そこまで言うと、声を出したときに喉に残った匂いが逃げていく様な気がし、勿体ない、もっと楽しみたい欲求に駆られる。
それを見て、ジュエルイアンが、上手く懐柔できたと思った様だ。
「お酒は、まだ有りますから、何度でも味わって下さい。」
そう言って、酒を勧める。
「かたじけない。」
そこまで、横で聞いていたウィルリーンが、このままでは、ジュエルイアンの思惑通りになってしまうと思った様だ。
ウィルリーンは、ユーリカリアが、出てきた酒に、目が眩んでしまっているので口を挟んできた。
「ジュエルイアン様。 先程の魔法についてなのですが、それはどう言ったご用件だったのでしょうか? 」
それを聞いて、ジュエルイアンも本来の目的の話に戻ることにする。
「ええ、実は、あなた方がカインクムの店で、魔法紋付与の魔法を見たと聞きまして、それでご相談したいのです。」
ウィルリーンが、顔色を変える。
ウィルリーンは、ジューネスティーン達に、カインクムの店で聞いた魔法紋付与の魔法について、そのノウハウを教えて貰いたいとも考えていた。
自分から何かの切っ掛けを与えて、ジューネスティーン達から、その魔法を口に出させるつもりだったのだが、ジュエルイアンから直球で来たので、どうやって返答しようかと考えている。
「魔法紋は、スクロールを使って描くというのが一般的だが、ここに居るシュレイノリアが、魔法紋付与の魔法を開発してしまっていた。 それを私の方で買い取ろうと思っていたのです。」
それを聞いて、ユーリカリアは、エルメアーナの剣を、自分にくれると言った理由が理解できた。
「その魔法紋付与の魔法を広めたく無いと言うことなのですね。 その口止め料としてその剣だったのですね。」
「そう言う事です。 いずれは魔法紋付与の魔法も、一般的な魔法になってしまうでしょうが、今はそうではありません。 スクロールによる魔法紋付与になりますし、今までの魔法紋付与には寿命が短いという欠点もあります。 今はこの魔法紋付与の魔法が商売になります。 あなた方が口外しないのであれば、この魔法の優位性は我々に有る。 ですから、その恩恵を、ここにいる皆で分かち合いたいのですよ。」
それを聞いてユーリカリアとウィルリーンは、ジュエルイアンが商人なのだと実感する。
ウィルリーンも、さっきの剣の話しが繋がった。
口止め料としては、かなり高額な物を用意したなと思うが、これが商人の、信用を買う行為なのかと考えているのだろう。
「私は彼らの発明品を販売する権利を買いました。 この二人も、中々、交渉上手(?)なのでか、全てのものを私どもで掌握はできてません。 それに彼らには、自分たちの持つノウハウの価値が見えて無いのですよ。 なので今回の様に見落としが出てしまうのですよ。」
それを聞いてウィルリーンも納得する。
“ドロウイング” の様な、新たな魔法を開発してしまったシュレイノリアが、目の前にいる。
その魔法を、何の惜しげもなくカインクムに教えてしまったのだ。
それに、先日の狩の時にも、メンバー全員に魔法を使える様にさせ、なおかつ、自分にもフィルルカーシャにも、砲弾型のアイスランスも教えてくれた。
そんな、砲弾型のアイスランスで、魔物を狙撃しようなんて、魔法士は聞いた事が無かったにも関わらず、シュレイノリアとジューネスティーンは、魔法のコツまで教えてくれたのだ。
この様な高等魔法で、誰も知らない魔法だけでなく、魔法を使えない人にも覚えさせられる。
その方法を覚えられるなら、どれだけの大金を積む魔導士が、いや、冒険者や一般人が、世の中にどれだけ居るか知れたものではない。
新たな魔法は大きな財産なのだ。
だが、ジューネスティーンもシュレイノリアも、その事について何も気にせずに無償で教えてしまうのだ。
この2人の魔法知識だけでひと財産になるのだ。




