帝国への嫁入りと新たな婚約 〜四男ルインカンの縁談と次女ビナシェル 2〜
皇帝エイクオンは、イスカミューレンを呼んでいた。
何か有った時は、常に相談にのってもらうのだ。
(イスカミューレンは、幼年学校時代から、私の悩みを聞いてもらってたな。 これだけ長く、話を聞いてくれる関係にあるのは、イスカミューレンだけだな)
エイクオンは、思い出すような表情をしていた。
ドアがノックされると、執事が、イスカミューレンの来訪を告げた。
エイクオンは、通すように伝えると、イスカミューレンが、執事と入れ替わるように入ってきた。
エイクオンは、イスカミューレンをテーブルに招くと、臣下の礼をして、招かれた席に座った。
「陛下、今日は、どのようなお話でしょうか?」
「ああ、ビナシェルを北の王国の皇太子の嫁に出す。 その繋ぎ役の話を頼みたいのだ」
「問題ございません。 イスカミューレン商会は、北の王国にも支店を持っておりますので、後宮との取引も行えますので、繋ぎ役であれば、問題ございません」
「そうか。 だったら、後は、ビナシェルに付ける使用人達の人選だけだな」
「はい。 それに、ビナシェル殿下を、嫁に出すのは、何か、意図があるのですか?」
「ああ、最初は、ルインカンに嫁を出したいと言ってきた」
(なるほど、四男のルインカン殿下の嫁ですか、……。 リズディア様を嫁に欲しいと言っていたのに、今度は、随分と低姿勢になったものだ。 ……。 そうか、この変わり身の大きさに違和感を覚えたのか)
イスカミューレンは、納得したような表情をした。
「そうですか。 それでしたら、この婚姻は、早急に進めた方がよろしいでしょう。 早めに、北の王国の動きを探らせた方が良いと思われます」
(やはり、イスカミューレンも同じようだ。 そうだな、この婚礼は、急いだ方が良いな)
「陛下。 北の王国には、当商会も人員を増やしておくことにします。 特に、後宮には、つながりをより強いものにしておきましょう」
「助かるよ」
エイクオンは、ビナシェルを嫁に出すにあたり、備えを万全にした。
活きた情報とは、常に迅速に、その情報を得ることに特化する。
帝国には、ギルドのような魔道具の通信装置も無いので、情報を得るためには、早馬を走らせるしかない。
これを、よりスムーズな形で、関所を通過するには、商人の顔を持つ者を味方につけることが、有効となる。
相場の情報、商品の売れ筋、様々な形で、商人は情報を、より早く、より正確に集めたがるものなのだ。
その中に、相手国の内部情報を忍ばせて運ぶことで、相手国の状況を早く、知ることになる。
情報を得て、その情報を利用することで、対処も正確になる。
ビナシェルが、北の王国に嫁ぐことで、一緒に入る使用人による、諜報活動と、その情報の移動手段を、用意したのだ。
ビナシェルの嫁ぎ先が決まると、帝国内にて、婚礼のための用意が、急ピッチで進められていた。
そして、ビナシェルの嫁入りの為の、大旅団が使わされることになった。
ビナシェルの嫁入り道具、結納の品の数々、それ以外に北の王国への貢物など、帝国の権威を示すための大旅団と、その護衛に軍を当てる。
途中で盗賊などの襲撃を避けるために、大掛かりな旅団となった。
当然、その中には、ビナシェルと一緒に行く使用人達も含まれていた。
ビナシェルは、身の回りの世話をする数名を選出するが、その中でも、個人の意向も聞いて、北の王国に骨を埋めても良いと、了解を得た使用人だけを選出したので、ビナシェルの使用人は、8名だけだった。
しかし、帝国側が、一緒に送り込むために用意した使用人は、合計で43名となっていた。
ビナシェルの選んだ8名と残り35名が、諜報活動を行うため、使用人となって、潜り込ませる事になったのだ。
ビナシェルは、その人数を見て、一瞬、眉を顰めたが、直ぐに、了解した。
その後、出てきた話から、自分の嫁入りの大行列が、行進されて、街道を進む事が分かると、震えが止まらなくなってしまった。
その事を、ビナシェルは、長兄のクンエイに相談することにしたのだ。
面会を求めると、クンエイは、翌日の夕方には、時間を取ってくれた。
ビナシェルは、早速、その時間に、クンエイの住む後宮を訪ねた。
そこは、リズディア達も一緒に住んでいる後宮で、子供達も多いことから、後宮の中でも一番大きくなっていた。
ビナシェルは、後宮に入ると、直ぐに、クンエイ付きのメイドが、ビナシェルをエスコートしてくれた。
後宮内の移動に関しても、配慮されていたのか、クンエイの応接室に行くまで、家族には、誰も会うことなく、通された。
「やあ、ビナシェル。 婚礼の話は、進んでいるね。 とても、煌びやかな行列になりそうだね」
「ええ、そうなんです。 なんだか、とても良くしてもらって、驚いています。 本当に、私のような者の為に、こんなに豪華な花嫁行列までしていただいて、よろしいのでしょうか?」
「うーん。 きっと、今回の事は、これから先のこともあって、試験的に行なっていると思うんだ。 ビナシェルが、兄弟の中では一番最初の花嫁になるのだから、父上も気を遣ったとも言えるが、きっと、これから先の妹達の婚礼も見据えていると思うんだ」
クンエイの説明にビナシェルは、悩むような表情を浮かべた。
「今回の婚礼で、ビナシェルが、行列を作って、北の王国へ嫁ぐだろ。 その行列は、1日では、北の王国へ着かないだろう。 その間、その行列が、北の王国を闊歩するのを、北の王国の農民や市民が見る。 そして、その途中での宿泊ともなれば、通過した街に莫大な宿泊費が、落ちることになるだろう」
(そうだわ。 これだけの人員が移動となったら、宿泊費用だけでも莫大な金額になるわ)
「それを、帝国が支払う。 しかも、気前よく支払うだろうね」
ビナシェルは、納得するような表情をした。
「これは、お前が、嫁ぐにあたって、市民達に良い印象を与えておくこともあるのだよ。 お前が、安心して北の王国で暮らせるためのアピールでもあるんだよ」
「そうだったのですか。 私の為を思って、この大掛かりな行列になっているのですね」
「そうだよ。 ビナシェルは、帝国を代表して、北の王国に嫁ぐのだから、父上も、できる限りのことはしたいと思ったのだよ」
「そうだったのですね」
ビナシェルは、クンエイの解説を聞いて、胸が熱くなった。
「私も、ビナシェルになら、きっと、父上と同じ事をしたと思うよ」
ビナシェルは、何でかと聞きたそうな顔をした。
「ああ、ビナシェルは、とても可愛いからね。 その可愛さを最大限にアピールさせて、嫁がせたいと思っていたからね」
(あー、やっぱり、私は、妹なのね)
ビナシェルは、少し、寂しそうな表情をした。
「ん? どうかした?」
「いえ、なんでもありません」
「そうかい。 でも、北の王国の皇太子が羨ましいよ。 血の繋がりさえなければ、僕の妻に欲しいくらいだったのだからね。 ビナシェルが、嫁入りしてしまうのは、寂しいよ」
その一言を聞いた、ビナシェルは、胸が熱くなったようだ。
両手を胸の前で握ると、わずかに頭を下げた。
「今のお言葉をいただいただけで、私は、幸せでございます。 クンエイ兄様に、そのように、仰られるとは思いもよりませんでした」
「そうかい。 ビナシェルは、きっと、良い王女様になるよ」
「ありがとうございます」
ビナシェルは、何かを吹っ切ったようだ。
(そうよ。 私は、素敵な兄上を持ったのよ。 もう、思い残すことはないわ)
「皇帝陛下の、ご温情を受け、私は幸せです。 北の王国でも幸せに過ごせることでしょう」
そこまで言うと、ビナシェルは、クンエイに頭を下げ、退出した。
その心の中には、クンエイへの想いは、吹っ切れたのか、清々しい表情で、クンエイ達の後宮を後にした。




