卒業 進学 そして縁談
「リズディア様、御卒業、おめでとうございます」
「ありがとう、イルル」
イルルミューランは、リズディアの幼年学校の卒業式に花束を渡すと、リズディアは、嬉しそうに受け取った。
「綺麗ね。 それに私の好きなお花ばかりだわ」
「はい、リズディア様の喜ぶ顔が見たくて、集めました」
11歳のイルルミューランは、15歳のリズディアより、背も小さい。
そんなイルルミューランが、リズディアのお祝いに用意してくれた花束は、誰のお祝いより、とても嬉しそうにしていた。
(イルルは、本当に、私の事を、よく分かっているわ)
リズディアは、幸せそうに、花束の匂いを嗅ぎ、昔を思い出していた。
初めて出会ってから、5年間、後宮で幼いイルルミューランを、弟のように連れ回した日々も、とても懐かしく思えたようだ。
「でも、これからは、リズディア様に、学校で会うことはできなくなります」
イルルミューランは、寂しそうに言ったので、リズディアも少し寂しそうになる。
「これからは、簡単には会えなくなるわね」
そこまで言うと2人は、黙ってしまった。
(イルルとは、4歳も違うから、高等学校でも、その先の帝国大学でも、会う機会は無いのね。 可愛くて、私に意見も言えるのは、イルルだけなのに、もう、どの学校でも、一緒に居られる事はないのね。 イルルと会えないのは、寂しいわ)
この沈黙は、幼いイルルミューランには、苦痛だったようだ。
「リズディア様、また、父上と後宮に伺うことがあったら、また、お話ししたり、庭を散歩してくれますか?」
イルルミューランは、心配そうに聞くと、その一言で、リズディアは、笑顔に戻った。
「もちろんよ。 これからも、また、遊びにいらっしゃい」
「はい。 お伺いいたします」
リズディアの言葉にイルルミューランも嬉しそうに答えた。
そして、リズディアは、イルルミューランにもらった花束を嬉しそうに抱えていた。
大ツ・バール帝国 第1皇女である、ツ・レイオイ・リズディアは、貴族の幼年学校を卒業して、帝都の第1区画にある、高等学校に進学した。
その学校は、一般人も受け入れており、成績さえ良ければ、誰でも入学可能だった。
帝国は、幅広く人材を集めるために、15歳以上の男女であれば、試験の結果で入学が可能となる高等学校を作り、貴族以外でも、成績優秀者は、新たな道が開けるようなシステムを作っていた。
リズディアの父である、第21代皇帝 ツ・リンクン・エイクオンは、皇族でも、特別扱いをする事を嫌い、子供達も他の貴族や帝国臣民と同様に、入学試験を受けさせ、試験結果によって、公平に扱わせたのだ。
リズディアも入試を受けて、高等学校に入学した。
そして、学校生活が始まった時、リズディアに縁談が持ち込まれた。
それは、帝国前身であるツ・バール国の建国にあたり、庇護してくれた北の王国からのものだった。
建国当時は、人質まがいの婚姻を強要され、皇女の婚姻は、北の王国に決められていたが、ツ・バール国 第8代から第13代まで、短命の国王が続き、また、北の王国に陰りが見えたので、交渉によって、北の王国へ皇女の婚姻を終わらせていた。
しかし、先代皇帝が、国名を大ツ・バール帝国に国名を変更し、現皇帝のエイクオンになって、北の王国から、第1皇女であるリズディアの婚姻を申し込まれたのだ。
皇帝エイクオンは、その結婚が、人質としての意味合いが強い事に戸惑っていた。
リズディアは、エイクオンに呼び出された。
「お前に、北の王国から、嫁に欲しいと打診があった」
いつものエイクオンなら、リズディアに命令するのだが今回は聞いてきた。
「お、お父様。 私に縁談ですか?」
リズディアは、表情を変えた。
(私に? しかも、北の王国から? 北の王国は、以前、人質として、皇女を嫁に取ったわ。 中には、臣下の嫁にさせられた皇女もいたはずよ)
リズディアは、帝国の過去の婚姻の中に、人質として北の王国に何人もの皇女が嫁いでいた事を知っていた。
それが途絶えていたのだが、突然、北の王国からの結婚話に驚いていた。
「あの、それは、確定事項なのですか?」
「いや、打診が有っただけだ」
(お父様は、この縁談を受けるか決めかねているわ。 だったら、正当な理由があれば、この縁談は、断れる)
何か、思うところがあるようだ。
(イルル)
リズディアは、キリッとした表情でエイクオンを見る。
「お父様、少しお時間を下さい。 この婚姻が、帝国の為になるのか、考えさせてください」
「あ、ああ、分かった。 だが、急いでくれ」
エイクオンは、リズディアの返事が、少し強い口調だったので、驚いたようだ。
リズディアは、エイクオンの様子を見ると、一礼して部屋をでた。
部屋を出た、リズディアの表情は、怒りに満ちていた。
(私に縁談! なんで、北の王国なのよ。 あの国は、帝国に食糧輸出を止められたら、完全に終わってしまうわ。 縁談なら、あちらが、嫁を出すべきでしょ)
そして、皇女らしからぬ歩みで、廊下を歩き、屋敷の自分の部屋に行くと、部屋の中をウロウロと歩き回る。
(この縁談がまとまったら、もう、イルルに会えなくなるわ。 ん、……。 何で、イルルの名前が、出てくるのかしら)
リズディアは、顔が火照った様子で、両手で頬を覆って、周りから、赤くなった頬を隠すようにしていた。
(イルルは、置いておいて、この縁談を断る理由を探すのよ)
すると、メイドが部屋に入ってきた。
「スツ家のイスカミューレン様が、祝辞を述べにきております」
挨拶をすると、来客を伝えてくれた。
(あら、このタイミングで、イルルのお父様がいらしたわ)
リズディアは、何か思いついた様子で、そのメイドを見た。
「お通ししてください」
メイドが、イスカミューレンを部屋に通した。
「リズディア様。 幼年学校の卒業と、高等学校のご入学、おめでとうございます。 お祝いを述べるのが遅れてしまい、誠に申し訳ございませんでした」
「いえ、ありがとう。 しばらく、お留守だったと聞いております。 それより、私の事を覚えていてくださった事が、とても嬉しいですわ」
「滅相もございません。 リズディア様の事は、片時も忘れた事はありません」
「そう」
リズディアは、テーブルにイスカミューレンを招いた。
「イスカミューレン様、少しご相談があるのですが、少しお時間をいただけませんか?」
「はい、喜んで」
イスカミューレンは、招かれた席に座ると、リズディアは、父から言われた縁談の話をした。
「ほー、そうでしたか」
「今更、北の王国に私が嫁ぐメリットが無いと思われます。 むしろ、現在の情勢なら、北の王国が、お兄様に嫁がせる娘を連れてくるべきだと思います」
リズディアは、少しムッとしたように答えた。
(さすが、リズディア様だ。 15歳でも国の内外まで、広く見識を持っている)
「お父様も、お悩みのようなの。 きっと、メリットが無いと思われているのだわ。 だから、断る理由を探しておられるのだと思います」
(さすがだ。 そこまで、見えているのか)
イスカミューレンは、嬉しそうな表情をするが、それが、リズディアには、少し気に食わなかったようだ。
「イスカミューレン様、何か、良い断る理由はありませんか? アイデアをいただきたいのです」
「ああ、そうでしたね。 失礼しました」
リズディアは、小さな頃から、皇城の資料に目を通しており、帝国内外の歴史にも明るい。
小さな頃からイスカミューレンと帝国の経済について話をするほどだったのだ。
(北の王国の王子の事は調べてきた。 あの王子にリズディア様を嫁がせても、帝国に何のメリットも無い。 あれは、バカ王子だ)
「わかりました。 でしたら、リズディア様は、学業に励んで帝国に貢献したいから、嫁には行かないとおっしゃったらいかがでしょう。 帝国は、広く人材が必要になってくるでしょう。 経済的にも軍事的にも、知識人は、大いに必要になりますので、リズディア様が、その一角を担うから、結婚はしないと仰ったらいかがでしょうか?」
「なるほど、父上は、断る理由を探しているなら、それでも通るかもしれないわね」
「ただ、その際は、リズディア様の成績も上げる必要が有ると思います」
「わかりました。 それは、私が何とかします」
リズディアの言葉にイスカミューレンは、笑顔を向けた。




