剣 〜ギルド職員の思惑〜
エリスリーンは、メイリルダの話を聞いて喜んでいた。
それは、ジューネスティーンの鍛治工房の許可を与えたことで、付随するようにシュレイノリアの魔法付与の服について手に入れられそうだと思ったからだ。
エリスリーンとしたら、冒険者には向かないだろうと思ったジューネスティーンが、剣を作りたいと考えていたと聞き、ギルド支部が管理している鍛治工房の使用許可を出したら、シュレイノリアも何かを作ろうとする気が出てきいた。
2人の仲の良さが幸いして思わぬ方向に進んでくれ、味噌っカスのジューネスティーンにも使い道が出たようにも思えたのだ。
しかし、ジューネスティーンの斬るための剣については、あまり信用度は高くなかった。
この世界にある既存の斬る剣のイメージが大きすぎたので、ジューネスティーンの考えるような細身の斬る剣が使い物になるのか、全く知られていない剣が使えるかという猜疑心の方が強かった。
この世界の斬る剣というのは、刃が包丁のように切れるのではなく、ベニヤ板の側面のような状態で鋭く研ぎ澄ますことは無い。
剣の刃は魔物を斬ると直ぐに刃こぼれしてしまうので、斬る剣といっても刃は丸まっているといってよい。
そのため、斬る剣といっても、グシャリと叩き潰すようなイメージになっていた。
周囲は斬る剣に対して、そのイメージを拭いきれないので、ジューネスティーンの考える斬るというイメージとかけ離れてしまっていた。
それは、エリスリーンも一緒だった。
しかし、エリスリーンとしたら、ジューネスティーンが、周辺の鍛治工房に通うことで護衛が難しくなる可能性が高くなることを嫌っていた。
外に出すにはジューネスティーンは、11歳と子供過ぎたこともあり、移動やら工房の中に入った後、外部からの護衛では護衛しきれない可能性が有るので、ギルドの敷地内の鍛治工房を使うなら護衛も工房内まで気を回す必要がなくなってくる。
そして、万一ジューネスティーンの作る斬る剣が逸品だとしたら、その秘密も外に漏らすことも無くなる。
都合よく用意されていたギルドの鍛治工房を使わせる事で、面倒事が一つ減ったつもりだったのだが、シュレイノリアの魔法付与された服という思わぬ幸運が紛れ込んできた。
エリスリーンを含むギルド側としたら、ジューネスティーンの斬る剣は、ついでのようなもので、シュレイノリアとジューネスティーンに、縫製工房と鍛治工房を使わせる事で、ギルド本部から命令されている2人が誘拐されるリスクを大きく減らすことになる。
エリスリーンとギルドの思惑に気がついていないメイリルダとしたら、エリスリーンが縫製工房の使用許可とシュレイノリアの必要な物の提供を約束してくれたことで肩の荷が一気に降りた。
ダメだった場合は、シュレイノリアを説得する事を考えなければならなかったのだが、その必要が無くなった事にホッとしていた。
仕事が終わり次第、シュレイノリアに話に行けばよいだけになったので、安心して業務に戻っていた。
「メイリルダ?」
メイリルダは、呼ばれた方に顔を向けた。
「ああ、先輩。何か御用ですか?」
メイリルダを呼んだのは、仲の良い先輩の受付嬢だったので、少し砕けた様子でメイリルダは答えた。
「さっき、ギルマスに呼ばれていたけど、どうだった?」
先輩は心配そうに聞いたが、メイリルダは、その質問に気にするような様子はなく何も無かった表情のままだった。
「ああ、ジュネス達の事よ。シュレが、縫製工房を使いたいからって言い出したから、私の方から面会の予定を入れておいたの。その話をして許可も取れたのよ」
それを聞いて先輩はホッとしたようだ。
「そうだったのね。私が来た時に、メイリルダがギルマスに呼ばれたって聞いたから、何かあったのかと思ったわ」
この先輩はメイリルダが呼ばれた後に出勤してきたらしく、メイリルダの事を周囲に聞いたら、エリスリーンに呼ばれていった事しか話を聞いていなかった事から、メイリルダが呼び出されたと聞いて、何か悪い事を予想していたが、メイリルダから転移者達の事だと聞いて良かったと思ったようだ。
「そうなの、シュレイノリアが縫製工房を使う事になったのね。ふーん。でも、男の子の、ほら、ジューネスティーンだったかしら、彼は花壇とかで観察ばかりしていたから、今回は工房の使用は無いかと思ってたのに、シュレイノリアが使うことになったのね」
先輩は、ジューネスティーンが鍛治工房を使うようになった事を知らなかった様子で、今度の転移者も工房が使えるようになって良かったと思ったようだ。
「いえ、ジュネスも鍛治工房を使うわよ」
それを聞いて、先輩は驚いたような表情をした。
「あら、あの子が何で鍛治工房なの? 私は、てっきり学者を目指すのかと思ったわ。一度、あの子が花壇で観察していた時、周囲に誰が居るかとか、何も気付かない様子で見ていたわよ。あれなら、絶対に学問の方に進むと思ったのに、……。でも、何で?」
「ジュネスは、剣を作りたいらしいの。何でも斬る剣が欲しいらしいのよ。昨日、それを伝えるようにってギルドの寮に行ったの」
先輩は、何か引っ掛かったようだ。
「ねえ、あの子じゃあ、斬る剣なんて振り回せないでしょ。斬る剣って、とても重いのよ」
「うーん、ジュネスったら、何か、今ある剣とは別の斬る剣を作りたいみたいなのよ。ジュネスが、周辺の鍛冶屋に工房を使わせて欲しいって頼みにいったみたいだけど断られたらしいわ」
「ふーん、そうなの」
説明を受けてもメイリルダの先輩は、何の事なのかよく理解できてない。
この世界には無い日本刀をジューネスティーンは作ろうと考えていたのだから、技術も何もないメイリルダの先輩が日本刀の価値が分かるはずもない。
男の子であるジューネスティーンが鍛治に興味を持ったことで、冒険者でなくても冒険者に提供する剣を作るのであれば、ギルドとしては良い方向に向かっていると先輩は思ったようだ。




