王都に戻ったジュエルイアンとヒュェルリーン
王都に戻ったジュエルイアンは、ベアリングを作れる鍛冶屋か、職人を探していた。
商会の人を利用して、王都における、鍛冶屋とそれらしき職人に話しをさせて、ベアリングを作れそうな人を探していた。
誤差は、1000分の1以下なのだが、それにも増して、サイズ同じものを、何十個も作り続ける。
個体誤差も、1000分の1以下となるので、人の技術でその精度を出して、何十個も作り続ける事が出来ないと、全て断られてしまった。
(どういう事なんだ。 うちのお抱えの鍛冶屋、職人だけじゃなくて、王都全土にまで、情報を集めたが、作れると言った者は、誰もいなかった……か)
執務室の机に座って、ジュエルイアンは、頭を悩ませていた。
(あの少年の言っていたベアリングを作れるような職人なんて、本当に居るのか?)
椅子の背もたれに、背をもたれて、足を伸ばすようにしつつ、天井を眺めていると、執務室のドアが開いた。
扉が開くと、筆頭秘書官であるヒュェルリーンが、入ってきた。
そして、ジュエルイアンの様子を見て、行儀の悪い子供を見るような目で見た。
「どうかなさいましたか? あまり、人に見せても良い格好とは言い難いですよ」
ヒュェルリーンは、歩きながらジュエルイアンに話しかけた。
そして、一番奥の席に座っているジュエルイアンの左側の壁を背にして用意されている自分の机に歩いていく。
ジュエルイアンは、ヒュェルリーンに言われると、天邪鬼のようになり、更に、背もたれに体重をかけて、椅子を更に反らせた。
「もう」
ヒュェルリーンは、仕方なさそうな声を出した。
「あの少年の言っていたベアリングとかいう、金属のボールの事を考えていたのでしょ」
「ああ」
ジュエルイアンは、面白くなさそうに答えた。
それをヒュェルリーンは、自分の拗ねている子供をあやすような様子で、ため息を吐く。
「あれは、新しい技術なのでしょうから、技術革新が必要なのでしょう。 そういえば、イスカミューレン商会の工房区に、金槌を自動で叩く機械があったじゃ無いですか。 あれを応用したらどうなのですか?」
「……」
「機械によって、人のできない事が、できるのではないですか?」
「確かにそうだ。 だが、ボールは丸めるが、あの機械は叩くものだ。 あれをそのまま使えるとは思えない」
ヒュェルリーンは、何を当たり前の事を言っているのだと、表情を少し曇らせた。
「そうでしょうね。 ああいった、新しいものにでも直ぐに手を出せる人は、そう多くは無いわ。 新しいものが、どんなに便利な物でも、初めて使う側は、勇気がいるものなのよ」
ジュエルイアンは、視線をヒュェルリーンに向けた。
そんなジュエルイアンの視線を、ヒュェルリーンは、知ってか知らずか、話しを続ける。
「物を作ることを考えられる少年なのでしょ。 そういう物を見せたら、それを応用して、新しい機械を作ってくれるかもしれないわよ」
「……」
「私たちは、その少年にベアリングを作る機械も考えさせて、その機械を作る人を用意してあげればいいのでは無いですか」
ヒュェルリーンの言うことは、もっともな事である。
全ての事を自分自身で行う必要は無い。
特に、ジュエルイアンのような、商会のトップともなったら、自分でそんな機械を作る必要は無い。
自分の考えた事を実行してくれる人に、その内容を伝えて、製造して貰えば良いのだ。
今回のような場合、ジューネスティーンにベアリングの製造機械を考えさせ、設計も行わせる。
金槌の代わりとなる機械を作った人か、その法人にベアリングの製造機械の製造を行わせれば良いのだ。
「あなたは、人・物・金の全てを動かせるのですから、今回の事も、それをフル活用して、作ればいいのでは無いですか?」
ジュエルイアンは、ヒュェルリーンに言われて、考えていたが、直ぐに、その通りだと理解したようだ。
フッと、息を吐いた。
「それも、そうだな。 ベアリングを作れる人を探すのではなくて、それを作れる機械を用意するのか。 ……。 それも、その機械も、あの少年に考えさせ、それを作らせるのか」
ジュエルイアンは、ニヤリと笑うと、もたれていた椅子の姿勢を正した。
「じゃあ、俺は、その機械を作る職人を用意、……」
ジュエルイアンは、また、壁に当たったようだ。
それをヒュェルリーンは、当たり前の事を、ジュエルイアンは、何で分からないのだというような目で、チラリと見た。
「そうですね。 見たことも聞いたこともない物を作ってくれそうな職人なんて、ほとんどいませんよ。 誰も、面倒なことには、手を突っ込みたくはないですからね。 そんな技術を持った職人なら、今の仕事だけてで、手一杯なのでしょうし、懐も暖かいわけですから、そんな訳の分からない物を作ろうなんて思わないでしょうね」
ジュエルイアンは、自分の思っていた事をヒュェルリーンに言われて面白くなさそうにしている。
そんなジュエルイアンに、ヒュェルリーンは、話を続ける。
「そんな、珍しい物を作ってくれるなんて人は、カインクムさん位じゃないですか?」
ジュエルイアンは、昔の事を思い出したようだ。
以前、特殊な加工の必要なパーツを作る鍛冶屋を探していたのだが、全ての鍛冶屋に断れれて、カインクムだけが、それを引き受けてくれ、完璧にこなしてくれた。
それ以来、ジュエルイアンは、珍しい仕事以外にも、一般的な仕事も渡すようにしていた。
その縁もあり、カインクムとジュエルイアンは、つながりも深く、ジュエルイアンがイスカミューレン紹介を離れてからは、ジュエルイアンの仕事を受けるようにしていた。
その時の事が、思い出されたようだ。
「ああ、あんな変な事は、カインクムに仕事を頼むだな」
「でも、カインクムさんは、帝国に居ますよ。 帝国と始まりの村では、国境もありますし、それに、距離的な問題の方が大きいですよ。 出来上がったからって、届けるまでにどれだけの時間がかかると思うんですか。 商品を完成させるまでに、何往復も帝国と始まりの村を移動するとなったら、下手をしたら、開発費のほとんどが、輸送費になってしまうかもしれません」
その指摘を受けて、ジュエルイアンは、顔を引き攣らせた。
そんなジュエルイアンをたたみかけるように、ヒュェルリーンは、話を続ける。
「カインクムさんは、帝都を移動してくれないでしょうから、娘のエルメアーナさんを、こちらに呼んだらどうですか? 彼女なら、きっと、カインクムさん以上の仕事をしてくれると思いますよ」
それを聞いて、ジュエルイアンは、困ったような表情になった。
「それの方が、カインクムを呼ぶより、もっと、大変じゃないのか?」
そのジュエルイアンの言葉を聞きつつ、表情をチラリとヒュェルリーンは見た。
「さぁ、どうでしょう。 でも、きっと、エルメアーナさんの方が、簡単に、こちらに来てくれると思いますよ」
そう言うと、何か思惑あり気な表情をジュエルイアンに向けた。
私は、何もかも知っているぞといった表情をしたと、ジュエルイアンは思ったのか、面白くなさそうな表情を浮かべた。
ジュエルイアンは、商会のトップなのだが、その全てを、秘書官であって、自分のパートナーである、ヒュェルリーンに指摘されてしまったことが、面白くないようだ。
何だか、全てがヒュェルリーンの手の上で踊っている自分の姿を思い描いてしまったようだ。
しかし、そこは、商人として生きてきたジュエルイアンなので、直ぐに気持ちの切り替えをしている。
アイデアを出して、それに決断を下し、投資をするのは、自分だと分かっているので、ジュエルイアンは、自分が、人を思ったように動かして、新たな開発をすることの醍醐味を、このプロジェクトでもできると確信したようだ。
「ああ、そうだな。 全く、新しいことを、これから始めるんだ。 こんな面白いことに、俺は、決断を下せる。 成功した時には、新たな喜びが得られるんだ」
ジュエルイアンの表情が変わった。
そのジュエルイアンの表情を、ヒュェルリーンは、自分の子供が、これから先の事を考えて希望に満ちたような表情をしていると思ったようだ。
ヒュェルリーンは、含むような笑顔をジュエルイアンに向けた。




