ジュエルイアンとヒュェルリーン
ジュエルイアンは、馬車に乗ると、不貞腐れた様子で、大きな音をたてて、椅子に腰をおろした。
「ふん!」
ジュエルイアンは、イラついた様子で鼻を鳴らした。
その様子をヒュェルリーンは、仕方なさそうに見ながら、ジュエルイアンと対面するように座る。
ただ、その様子は、ジュエルイアンとは、対照的に、落ち着いた様子で、笑顔もうっすらと表情に出していた。
(ジュエルイアンったら、カインクムさんとの話は、思ったようにならなかったみたいね。 その表情は、商会の代表として、どうなのかしら)
ヒュェルリーンは、ジュエルイアンの表情を面白そうに見ていた。
ジュエルイアンは、手前に座っているヒュェルリーンが、自分を見て面白そうにしている事に気が付き、イライラは、更に強くなったようだ。
「おい、ヒェル! なんで、そんなに面白そうなんだ!」
ジュエルイアンは、今にも食ってかかりそうな様子で、ヒュェルリーンに話し掛けた。
「だって、面白くなさそうな表情をして、態度にまで出ているんだから。 大陸一の商会の代表とは思えないわ」
イラ付いたジュエルイアンを揶揄うように、ヒュエルリーンは、答えるので、ジュエルイアンは、面白くないを通り越して、怒りに変わったようだ。
「俺が、カインクムに、リズディア殿下の動向に注意しろと言ったら、あいつは、気にするどころか、フィルランカの意志に任せるって言ったんだぞ。 リズディア殿下なら、流石に搦め手で来ることはないだろうが、強かにフィルランカを誘ってくるだろう。 そうなったらどうなる! 芋づる式に、今度は、エルメアーナを取り込んで、カインクムの店は、イスカミューレンの傘下に入るだろう!」
ジュエルイアンは、そんな事も分からないのかと、言わんばかりに、ヒュェルリーンに怒鳴りつけた。
しかし、ヒュェルリーンは、そんなジュエルイアンを、面白そうに見ていた。
「ねえ、旦那様。 それは、フィルランカが、リズに勧誘されて、イスカミューレン商会に就職するみたいだわ」
ヒュェルリーンは、サラリとかわすように、ジュエルイアンに答えた。
それを聞いて、ジュエルイアンの表情から、イライラが消え、ヒュェルリーンの話に興味を持ったようだ。
「おい、それは、どういう事なんだ? まるで、フィルランカが、リズディア殿下の誘いを、当たり前のように断るみたいじゃないか。 あのリズディア殿下の誘い文句をフィルランカが、断り切れるのか?」
心配そうに聞くジュエルイアンを、ヒュェルリーンは、余裕そうな表情で、視線を受けていた。
「だって、フィルランカちゃんは、カインクムさんとの約束を果たしてもらうつもりでいるわよ」
「……」
それを聞いて、ジュエルイアンは、言葉を失ったようだ。
今まで、冗談半分で聞いていた、カインクムが、フィルランカに約束した、10年後に嫁にする話が、本当になりそうだと思うと、声を失ったのだ。
ジェルイアン自身は、カインクムにその話はするが、フィルランカが、無かった事にするか、忘れているふりをして、若い男を見つけるだろうと思っていたのだ。
その約束が履行される事は無いと思っていたのだ。
「まあ、年の差は、24歳だから、どうって事は無いでしょ。 私の父は、50歳以上、年下の嫁をもらっていたわよ」
それを聞いて、ジュエルイアンは、ムッとした。
エルフの事情を人属に持ち込むなと言いたいようだった。
「お前は、エルフなんだし、エルフの事情で話をされても、俺には、理解できないぞ!」
ヒュェルリーンのエルフの事情を伝えられても、人の感覚からしたら、親子ほどの違いは、大きいとジュエルイアンは思ったのだ。
それでも、ヒュェルリーンは、余裕そうにしている。
「あら、あなただって、帝国に来る前、12歳年下の女性絵師のパトロンになったじゃないの。 王都に居る時は、月に2・3回通ってったでしょ」
ジュエルイアンは、その指摘を受けて、表情を引き攣らせた。
「お、おま、え、知ってた、の、か」
ヒュェルリーンは、余裕そうな表情を崩すことはなく、ジュエルイアンに笑顔を向けた。
「はい、旦那様のことは、全て把握しております。 私は、公私共に、ジュエルイアンのパートナーですから、それ以外の女性の事も存じております。 なんなら、一番最初の女性の事から、順番に話しましょうか?」
それを聞いて、ジュエルイアンは、顔から血の気が引いたようだが、ヒュェルリーンは、平然として話を続ける。
「ああ、私は、構わないのですよ。 私は、エルフですから、一夫多妻は当たり前です。 私の父は、30人の妻を娶ってましたよ。 それに、夜は、いつも4・5人の奥様方が、毎日、順番に床を一緒にしてましたよ」
ヒュェルリーンは、平然と答えるのだが、ジュエルイアンは、ベットにその人数の女性を一緒に相手をするのかと思うと、ゾッとしたようだ。
「いつ、旦那様が、別の奥様達を家に連れてきてくれるのかと、思っていましたのよ。 それに、大勢の奥様達と一緒にジュエルイアンと寝るのが、楽しみにしてましたのよ」
ヒュェルリーンは、少し恥ずかしそうに答えるのだが、ジュエルイアンは、言葉を失ったまま、ただ、ヒュェルリーンを見ていた。
「旦那様は、その辺りが、堅いというか、律儀なものだから、ちょっと、寂しいですわ」
ヒュェルリーンが、少し拗ねたような表情をする。
「お、おま、え、……。 おれ、の、女達の事、全部、知っている、の、か?」
「ええ、存じてます」
「いやじゃないのか?」
ヒュェルリーンは、何を言っているのか分からないという表情をした。
「私は、小さい頃から、産みの母と、腹違いの兄弟と、その母たちと一緒に暮らしていたのですよ。 旦那様に複数の妻が居ることが当たり前の生活をしていたのですから、むしろ、家に妻が私1人だけの状況の方が、少し寂しいですわ」
ヒュェルリーンは、昔の事を思い出しているのか、少し上を向いた。
「お母様方が、沢山いるから、子供時代は、とても楽しかったわ。 私の母が、忙しかったら、他の母様が代わりに、私と、その異母姉妹の面倒を見てくれるんです。 それに、お話が得意な母様に話を聞きに行ったり、お菓子作りの上手な母様から、おやつをもらったりとか、とても、楽しかったのよ。 だから、ジュエルイアンの妻になったら、経済的にも余裕が有るから、また、そんな暮らしができるかと思っていたんです」
すると、ヒュェルリーンは、少し寂しそうな表情をした。
「私は、エルフですし、それにジュエルイアンは、人属ですから、子供が出来ることは無いので、他の奥様方に出来た子供を、私の子供のように育てられると思ったのですよ」
そこまで、聞くと、ジュエルイアンは、顔を引き攣らせていた。
(エルフの事情は、知っているつもりだったけど、ここまで、割り切っている? いや、これが、ヒェルには当たり前の事なのか)
ヒュェルリーンは、黙っているジュエルイアンの顔を、物欲しそうに見ている。
その表情を見た、ジュエルイアンは、困った表情を浮かべた。
(なんだよ。 戻ったら、女達を、全部、家に呼ばなきゃいけないのかよ。 ……。 ん? 夜も一緒って言ってたな)
ジュエルイアンは、ヒュェルリーンの、その物欲しそうな表情が、何なのか、今までのヒュェルリーンの話を総合して考えたようだ。
「おい、それは、後々の話だ。 女達の事情も、気持ちも、考慮する必要があるから、順番に処理していく」
それを聞いて、ヒュェルリーンは、嬉しそうにした。
「はい。 それで、構いません」
ジュエルイアンは、ホッとする。
「これから先、奥様が増える時は、最初から、家に呼んでくださいね」
「いや、それは、少し考えさせてくれ」
ジュエルイアンは、慌てて、答えるが、ヒュェルリーンは、残念そうにした。
「それじゃあ、私が、旦那様のお嫁さんを用意しますから、それは、受け入れてくださいね」
それを聞いて、ジュエルイアンは、どっと疲れを感じて、椅子にもたれてしまった。
(エルフの嫁なんて、貰うものじゃないな。 俺の身は、持つのか?)
ジュエルイアンは、南の王国に、大きな問題を抱えたことを悟ったのだ。




