帝都第9区画開発中のジュエルイアン
ジュエルイアンとヒュェルリーンは、帝都での第9区画の開発に従事している。
特に、ギルドの意向を受けて、ギルド支部の建物の建設、そして、その周辺に冒険者達の住む場所について、冒険者の必要になる武器や防具の販売店もだが、メンテナンスについても、多くの注文を出されていた。
それを嫌った、イスカミューレン商会が、ジュエルイアン商会を通じて、作業を行わせる。
ギルドも南の王国に本部を持ち、そして、ギルドとも繋がりを持つジュエルイアン商会なら、ギルドの面倒な注文も引き受けてもらえるという、表向きの理由で、この第9区画の開発に、南の王国のジュエルイアン商会を、イスカミューレン商会が使うことを、帝国に認めさせたのだ。
名目上は、イスカミューレ商会の下請け企業として、ジュエルイアン商会が参入しているようになっているが、ジュエルイアンとイスカミューレンも、ジュエルイアンが、イスカミューレン商会で働いていたこともあるので、お互いによく知っている。
イスカミューレンが支配人だった時、息子のイルルミューランの紹介で引き受けたのだが、直ぐに、ジュエルイアンの才能が発揮され、多くの利益をイスカミューレン商会にもたらしたのだ。
その事もあり、ジュエルイアンは、イスカミューレンからも認められており、大きな信用を得ていた。
今回は、帝国の建国360年を記念してギルドの支部を誘致していることもあり、開発規模も過去最大となり、帝国として、ギルドに対して大きな期待を向けていることをアピールする必要もあるので、ギルドの意向を殆ど取り入れるという姿勢を見せるためのジュエルイアン商会なのだ。
広大な第9区画の開発は、北の大河から引いている水路によって、帝都に大きな堀を作っている。
それは、帝都の南に造られた第9区画も同様で、以前に造られた区画の手前にある堀も、そのまま、運河として利用されることになる。
帝都の最も外側の堀は、魔物避けと、有事の際には、城壁と一緒に大きな防御力となる。
ただ、今回は、有事の事は、後回しにされ、南門と、その周辺の城壁を石造りにしていたのだが、それ以外、半分以上は、木造の塀で終わっていた。
城壁は、魔物の防御を優先して、内部の開発が優先された。
そのため、南門周辺から、離れた城壁部分は、木製の塀となっていた。
対魔物に対する防御だけにして、内部の区画整理に力を注いだのだ。
その結果、有事における帝都の防御については、後回しにされたのだ。
ジュエルイアンは、第9区画の開発もあったので、目処が経つまで帝都に、ヒュェルリーンと滞在していた。
そんな中で、リズディアとイルルミューランの結婚もだが、古い知人であるカインクムの店を訪ねて、フィルランカという人材を見つけたのだ。
これから、カインクムの店は、ジュエルイアンの構想の中に入っていることもあり、そんな中、フィルランカという才女が含まれていたことで、カインクムの価値は、跳ね上がっているのだ。
ジュエルイアンは、何としても、カインクムの家族が、第9区画の開発後、そっちに移転してもらおうと思っていたのだ。
ジュエルイアンは、工事の進行状況の報告を確認しつつ、それ以外のことも考えていた。
(南の王国からの報告だと、昨年、始まりの村に2人が転移してきたとの事だった。 少年が転移してきた翌日に、今度は、少女が転移してきたというのか。 過去のデータには、2人同時というのは有ったが、2日続けて、転移者が現れたというのは初めてだったな。 全く、ツカラ平原のツノネズミリスの出現で、転移者の情報は、上手く集められてないな。 転移者は、場合によっては、とんでもない知識で、利益をもたらすからな。 できれば、実際に会って話をしてみたいのだが、この状況だと、そう、簡単に、ここを留守にするわけにはいかないな)
そんなジュエルイアンの様子をヒュェルリーンが、伺っていた。
「ジュエルイアン。 開発は順調だけど、何か、気になることでもあるの?」
ジュエルイアンは、聞かれて自分の心の内が、ヒュェルリーンにみられてしまったことに、イラッとした表情をわずかにしたが、すぐに、表情は普通に戻していた。
商人としては、自分の思っていることが、表情に出てしまうことは、相手に自分の手の内を見られることになるので、自分の思いを表情に出してしまったことをヒュェルリーンに指摘されて、自分の不甲斐なさに、イラついたのだ。
「ああ、ツノネズミリスの発生と、帝都の開発で、帝国に入りっぱなしだからな。 始まりの村の様子が、気になるんだ」
それを聞いて、ヒュェルリーンは、ジュエルイアンの考えていたことが分かったようだ。
「ああ、転移者の事ですね。 でも、報告は受けているのですから、それでいいじゃありませんか」
それを聞いて、ジュエルイアンは、嫌そうな表情をした。
「ああ、そうなんだが、ジェスティエンの時のように、始まりの村のギルドマスターのエリスリーンに、上手く、ギルドに持っていかれると、面白くないからな。 火薬の作り方、弾丸の作り方、銃の作り方、全部、持って行かれてしまったんだぞ。 せめて、火薬の作り方だけでも手に入れられたら、どれだけ文明が進歩するか分からないだろ」
ヒュェルリーンは、やっぱりといった表情をした。
「そうですね。 あれは、ギルドに持って行かれてしまったわね。 でも、火薬も銃も、あれは、ギルドに回った方がよかったでしょう」
ヒュェルリーンの答えに、ジュエルイアンは、ムッとした。
「何で、そんな事が言える」
それを聞いて、ヒュェルリーンは、子供のわがままを諭す母親のような表情をした。
「あの銃というものは、とんでもない代物よ。 剣と弓しかない世界で、遠くから、人を殺すことができるわ。 魔法でも、あの距離を埋められるか分かったものじゃないなら、あれは、ギルドに管理を任せた方がいいでしょう。 きっと、そう思ったから、エリスリーンも、ギルド本部に回したのよ」
「ちっ! あのババァのせいで、儲け損ねたよ。 火薬を手に入れられたら、東の森の魔物を倒せたかもしれなんだぞ」
ヒュェルリーンは、ジュエルイアンが、子供のようなことを言い始めたと思ったようだ。
「ギルドだって、東の森の魔物の事は、考えているはずよ。 それを含めて、ジェスティエンを派遣しないということは、きっと、火薬や銃では、倒せないと思っているのかもしれないわ。 それに、ギルドが考えているのは、東の森の魔物の討伐だけじゃないでしょ。 全てのことを踏まえて、ギルドは、考えているでしょうから、きっと、ジェスティエンでは、力不足だと思っているのよ」
ジュエルイアンは、苦い表情をした。
(くそー、そんなことは、分かっている。 きっと、ギルド本部の判断では、ジェスティエンでは、目的は果たせないと考えているんだろうな。 それに、火薬の技術が、広まってしまうのは、良くないな。 あれを使えば、戦争も変わる。 今まで、均衡を保っていた各国の力関係が、大きく変わってしまう可能性があるからな。 やむを得ないことなのだろうが、商人としては、納得できないんだ)
ジュエルイアンは、何か、納得できない様子でいた。
「その件もあるからな。 転移者は、俺の目で確認しておきたいんだ」
「そうね。 だったら、帝都の開発を、少しでも早く終わらせましょう。 ジェスティエンにしても、銃の開発を始めた時期も完成した時期も、1年やそこらでできてはいない。 今度の転移者だって、1年で結果を残せるとは思えないわ。 それなら、帝都の第9区画の開発を1日でも早く終わらせて、始まりの村へ行きましょう」
ヒュェルリーンは、もっともな事を言うのだが、ジュエルイアンには、面白くなかったようだ。
分かっていることを、ヒュェルリーンに言葉にされてしまった事が、悔しいようだった。




