スツ家の大浴場の前で
メイド長によって、リズディア達6人は、スツ家の大浴場へと連れて行かれた。
「メイド長?」
リズディアは、メイド長を呼ぶ。
リズディアは、客人達から少し離れるように移動すると、メイド長もそちらに移動した。
「申し訳ございません。 予定が変わった事で、対応に時間が掛かっております。 夕食までには、終わらせますので、それまでの予定は、全て変更させていただきます」
これは、さっきの、リズディアの一言によって、変更になったのだ。
メイド長は、この変更を行った、張本人であるリズディアを非難するのではなく、スムーズに対応しようと進めていたのだ。
「助かるわ、メイド長。 それと、執事長にも、感謝していると伝えておいて」
「もったいないお言葉です」
メイド長は、軽く頭を下げた。
リズディアは、2人の男達の飲酒によって、口走ってしまった言葉に、周りを振り回してしまった事を感じていた。
(彼女達は、私の言葉が、無理難題だとしても、実行するのよ。 分かっていたのに、また、やってしまったわ。 本当にごめん。 そして、ありがとう)
リズディアは、メイド長の話を聞いて、なんとも言えない表情をしていた。
リズディアの周りにいるメイドや執事達、その使用人達は、常にリズディアの意向で動くのだ。
法に触れないならば、徹底してリズディアの言葉を実行するので、6人一緒に朝までと、言った言葉に対して、その状況から可能な限り、最高のシチュエーションを用意するため、そして、スムーズに移行していくのだ。
そんな、メイド達と執事達の意向を、リズディアは、理解したようだ。
(ありがとう。 私のために。 そうね、無駄にはしないわ)
リズディアは、フィルランカとエルメアーナを見る。
「ねえ、2人は、湯船に浸かったことはあるの?」
フィルランカとエルメアーナは、リズディアに突然聞かれて、答えに困ったようだ。
お互いに顔を見合わせた。
フィルランカ達は、お互いに大きなタライに、温めた水を張って、その中で体を布で拭う程度なのだ。
フィルランカは、水魔法を使うことが可能だが、毎回、出せる水量が異なっており、タライの底を濡らす程度の量だったり、タライの半分も満たないことが多かったので、直接、タライに水を張ることはなく、浴室においてある水瓶に水を充すようにしていた。
タライに直接、水魔法で水を貯めようとすると、ごく稀に、溢れそうになったりもする。
フィルランカは、水量の制御が、全くできてないのだ。
フィルランカは、5歳の時に行われる魔法適性試験にパスしていた。
孤児院のシスターは、その事に喜び、魔法適性がある子供だけを集められる魔法学院に仮入学させた。
それは、どこの国でも行っている、不足している魔法士を集めて教育する機関であり、卒業後は、軍なり国の重要機関に入ることが約束されている。
孤児院のシスターは、フィルランカの未来が開け、そして、不足する孤児院の予算から、1人でも孤児が減ることで、他の孤児達の食い扶持が増えると思ったのだ。
しかし、魔法適性があったが、それ以外の魔法は使えなかったこと、水魔法も、水を出すだけで、その量も毎回違い、そして、水を飛ばすことも、氷にしたりお湯にしたりすることもできなかった。
ただ、水が出せるだけで、それ以上の事ができなかったので、魔法適性を見出したが、その後の、成長の見込みが無いと判断され、結果として、孤児院に戻されてしまったのだ。
『水魔法が使えるだけのフィルランカは、一般人と大して変わらない』
これが帝国の魔法学院がフィルランカに対しての評価だった。
孤児院に戻ったフィルランカに、孤児院のシスターは、ガッカリした。
ただ、魔法が使えるのならと、水汲みの代わりに水魔法を使うようにしたのだが、フィルランカは、多少、水が出せるだけなので、不足分は、井戸から運ぶしかない。
また、フィルランカの水魔法は、その都度不足する量を、運ぶのだが、場合によっては、コップ一杯程度しか出せないこともあり、常に違う量の水を井戸から運ぶ事になっていた。
その後、カインクムの家に居候をするようになり、湯浴み専用の部屋をカインクムが用意してくれたので、湯浴み用の水を水魔法で用意していた。
そこで、湯を沸かし、冬は、その湯を沸かしつつ、部屋に暖を取れるようにもしていた。
そして、安定しない水魔法は、回数を調整して、用意するようにしていた。
フィルランカは、毎朝、湯浴み用の水瓶の前に行くと、水魔法で、水瓶に水を追加する。
朝、水瓶を確認して不足分をフィルランカは、水魔法を使って、水瓶に水を貯めるのだが、朝だけで、水瓶をいっぱいにできなかった時は、学校から帰った後に水を貯めるようにしていた。
それでも足りない時は、合間を見て、水魔法を行いにくるのだった。
その水魔法を使う事ができたので、フィルランカとエルメアーナは、他の帝国臣民より湯浴みをする回数は多かったのだが、それでも、タライに湯を張って、その中で湯浴みをするだけで、湯船に浸かるなどという、贅沢はできなかった。
湯船に浸かるというのは、贅沢になるので、貴族や商人のような裕福層の嗜みといえる。
リズディアは、チラリとモカリナを見る。
(やっぱり、そうね。 侯爵家ともなれば、帝国臣民に湯船を使わせるとなったら、他の家族が黙ってなかったようね。 流石に、四女ともなると、上の兄弟姉妹が黙ってないわよね)
ただ、それが、今回の不測の事態で、リズディアは、フィルランカとエルメアーナを、大浴場に入れる事ができるようになったのだ。
(そうね。 モカリナも出来なかったのだから、モカリナには少し、気を遣ってあげないといけないわね)
リズディアは、モカリナを見た。
モカリナは、大浴場の扉を見ていた。
(さすが、リズディア様ね。 私の家だと、お兄様やお姉様が、うるさかったから、3人でお風呂なんてできなかったけど、リズディア様が言うなら、フィルランカもエルメアーナも一緒に入っても問題なさそうだわ。 さすが、リズディア様だわ。 もてなす方法も、半端なことはしないわ)
モカリナは、感心したようだ。
そして、モカリナは、リズディアが、自分を見つめている事に気がついた。
(あら、なんで、リズディア様、私を見ているのかしら?)
リズディアは、モカリナに近づく。
「モカリナさん。 この浴室は、夫が、結婚した時に作ったものなのですよ。 自慢の一品なので、一緒に使ってみませんか」
その一言で、モカリナは、顔を真っ赤にした。
(えっ! わ、わた、私、リ、リ、リズディア様と、一緒に、お、おふ、お風呂に、は、は、入れる、の)
ただ、モカリナの表情には、少し、いやらしさが混ざっていた。




