イスカミューレン商会の工房区
食事が終わると、リズディアが、立ち上がった。
「さあ、お腹も膨れたし、行くわよ」
「もう、リズったら、これを片付けてからね」
テーブルの上の食器をヒュェルリーンが片付けだした。
それをエルメアーナが、手伝いだした。
それをリズディアは、見るだけだった。
「ありがとう。 よろしく、お願いします」
リズディアが、お礼を言う言葉に、ヒュェルリーンは、意外そうな表情をした。
「まあ、お姫様に、お礼を言われてしまったわ」
「ん、もう、私は、爵位もない貴族の嫁ですから、お礼くらい言います」
リズディアは、少し膨れたように言う。
「じゃあ、リズも一緒に片付けましょう」
リズディアは、テーブルの上の食器をトレーに乗せるのを手伝った。
エルメアーナは、そんな2人の会話を黙って聞いていた。
(そう言えば、モカリナの家に行った時、食事もお茶も、全て、使用人の人達が用意して、片付けまでおこなってくれていた。 モカリナは、侯爵家だったから、貴族も上位だ。 リズディア様は、それより上の皇族だったのだから、片付けもだけど、用意する事も無かったのか)
そう思っていると、リズディアもトレーにお皿を乗せてくれたので、テーブルの上の食器は、全てトレーに乗せられた。
そして、トレーをエルメアーナが持とうとすると、ヒュェルリーンが、止めた。
「あなたは、これを戻す場所が分かってないだろうから、これは、私が持っていきます」
「あ、ああ、よろしく、頼む」
「じゃあ、リズの相手をしてあげてね」
そう言うとヒュェルリーンは、トレーを持ってテーブルから離れていった。
「フィルランカちゃん達は、まだ、授業があるから、もう少し時間があるわ。 それまでの時間は、ここの商会を案内するわね」
「うん」
「ここは、商業施設が入っているけど、それ以外にも工房区、倉庫区もあるのよ。 それに流通もあるから、建物は、ここだけじゃないのよ。 今日は、工房区を見てもらおうと思ったのよ」
「ふーん」
「工房区には鍛冶屋もあるのよ。 ここなら、最新の設備も用意できているから、それを見てもらおうと思ったのよ」
「ああ、鍛冶屋は、うちの工房だけしか見た事が無かったなぁ」
エルメアーナは、他の鍛冶屋がどうなっているのか、今まで見たことが無かった事に気がついた。
(鍛冶屋は、鍛冶屋だろう。 うちの工房と、あまり、大差は無いだろう)
エルメアーナは、あまり興味が無さそうに、リズディアの話を聞いていた。
すると、ヒュェルリーンが、片付けを終わって戻ってきた。
「それじゃあ、ヒェルも戻ってきたから、工房区に行きましょう。 エルメアーナには、ここの工房区の鍛冶屋を、ヒェルには、チェルエールを紹介するわ」
ヒュェルリーンは、チェルエールの名前を聞いて、顔を綻ばせた。
「久しぶりにチェルエールに会えるのね」
「ええ、元気にしているわ。 きっと、ヒュェルリーンに会えたら、チェルエールも喜ぶわ」
「それじゃあ、行きましょう」
リズディアは、立ち上がると、2人を引き連れて、テーブルを離れていく。
工房区は、商業区の東側に有る。
商業区の東門を抜けると、その前に商業区と同じような建物が有り、建物と建物の間は、馬車が4台横に並んでも十分な幅が確保されていた。
その通路を横切って、隣の工房区に向かう。
工房区の入り口も、ちょうど向かい側に有るので、その通りを抜けて、工房区に入る。
この工房区も口の字型の建物になっており、中央にも独立した建物があった。
商業区と作りは同じになっていたが、商業区ほど、派手さは無かった。
ただ、実用的な作りとなってはいるが、質素ではなく、機能美に富んだ形になっていた。
「ここは、工房区なので、どちらかというと、商業区とは、違ったお客が来るのよ。 あっちとは少し違うので、質素になっているわ」
リスディアが言い訳のように言いつつ、目的の場所に向かって、歩いていった。
「ねえ、エルメアーナちゃん。 そこの窓から、中を覗いてみて」
そう言われて、エルメアーナは、窓を覗いてみると、そこに鍛治工房があった。
ただ、最新式の設備が整っているので、大型の機械も置いてあった。
「あの大きな機械は何だ?」
「あれは、プレス用の機械ね。 ほら、金槌で叩くのを自動でおこなってくれるのよ。 だから、人は、あそこに熱した素材とかを入れるだけで、自動で叩いてくれるわ」
「すごいな。 手で叩くだけだと思っていたが、機械もあるのか」
「工業用の機械は、作業効率を上げてくれるわ。 あれは、展示品なの。 お客様が見えたら、実演に使ったりしているわ。 でも、あれだけの大型になると、大きな商会とか、国営企業しか購入できる組織は無いの。 近くで見せたいけど、大事な機械だから、私の一存では、中で見せることはできないのよ」
「そうなのか、金槌で叩くのは、とても骨が折れるからな。 それが、機械でできるなんてとても、すごいことだ」
「もし、エルメアーナちゃんが、ここに工房を持ちたいと思うなら、あの辺の機械も用意できると思うわ。 私が、義父様と、旦那様を説得するわ」
「ふーん。 そうなのか」
エルメアーナは、それ程、興味を持った気配はなかったようだ。
(あら、がっかりね。 ああいった物に興味がありそうなら、近くで見せようかと思ったけど、それ程、興味は無いみたいね。 ちょっと、恩を着せようと思ったのに、失敗だったみたいね)
リズディアは、エルメアーナのために、骨を折った様子を見せようと思っていたようだが、それは、エルメアーナの興味の無さから、失敗に終わったのだ。
(リズったら、エルメアーナを、ここに誘っているのね。 でも、エルメアーナは、最近、やっと、外に出れるようになったらしいから、かけ離れた先端技術は、興味をそそらないわよ)
エルメアーナの反応に2人は、お互いに違う印象を持ったようだ。
「ねえ、リズ。 チェルエールは、どこにいるの?」
「ああ、そうね。 じゃあ、ちょっと、寄っていきましょうか」
エルメアーナが、機械にそれ程興味を持たなかったので、リズディアは、ヒュェルリーンの意見を聞いて、その場を離れることにしたようだ。




