エルメアーナの感性
エルメアーナは、2人が、お茶を飲みつつ、楽しく話しているのだが、エルメアーナは1人、中庭の事を考えていた。
(見る角度によって見え方が違う。 そうだ、蝶にも、羽の角度で色が変わるというものがあった。 あれは、確か、光が関係しているとか聞いた。 あんなふうに角度によって違いがあるというのは、何だか魅力的だ。 もし、あんな細工が、剣にもできたら、きっと、剣も魔物を斬るだけでなくて、人の目を楽しませてくれるかもしれない)
エルメアーナは、1人だけ自分の世界に入っていた。
(そうなんだ。 あの手前の建物や、木々が、その後ろを隠しているから、見えてないのだ。 それが、階段を上がっていくと、徐々に影に隠れていた景色が見えてくる。 剣は、縦横、先端で見るとしても、その角度だけの形でしかない。 でも、剣をゆっくりと角度を変えたら、色彩が変わって見えるような細工が施せたら、とても素敵なんだろうな)
エルメアーナは、ナキツ家の中庭について、その見え方を、自分が作る剣に真似できなかと考えていたようだ。
それは、恋する少女のような表情で、顔を赤く染め、そして、体をモジモジとさせていた。
時々、エルメアーナから声が漏れるので、フィルランカが、それに気がつき、そして、モカリナもエルメアーナを見た。
2人がエルメアーナを見ても、エルメアーナは、2人に気が付かない。
「ねえ、ちょっと、フィルランカ、エルメアーナの様子だけど、……」
「ええ、何だか、工房の中で出来上がりを見て、うっとりしているような顔をしているわ」
フィルランカの返事にモカリナは、意外そうな顔をすると、フィルランカの方に顔を近づける。
「ウソ。 あの顔は、恋をしている顔よ」
それを聞いてフィルランカは、息を呑む。
その様子を見て、モカリナが、慌てて、フィルランカに大声を立てないようにと、一本だけ立てた人差し指を自分の口に当てて、静かにするようにフィルランカに見せる。
フィルランカも慌てて、自分の手で口を抑えて、声を出そうと息を吸い込んでいたのだが、大声にならないようにゆっくりと息を吐いた。
それでも、エルメアーナの様子に変わりはない。
「絶対、あれは、恋よ」
ただ、フィルランカには、エルメアーナの恋の相手が誰なのか、思い当たる人が、誰も居ない。
「でも、変よね。 エルメアーナったら、家から一歩も出ないし、それに、店にも出ることはないのよ。 男の人に出会うことなんてないわ。 家だと、カインクムさんだけど、カインクムさんとエルメアーナは、血のつながった実の親娘よ」
モカリナも流石に、エルメアーナとカインクムが、そんな関係になるとは思えなかったようだ。
「ああ、親娘なんて、無いわね。 エルメアーナとは無いわね。 でも、カインクムさんとフィルランカなら、ありそうだけど」
モカリナは、冗談のつもりで言ったのだが、フィルランカは、びっくりした様子でいた。
「言われてみれば変ね。 それなら、一目惚れかしら。 だったら、今日の出会った人? まさか、うちの使用人?」
フィルランカは、モカリナが、直ぐに話を切り替えたのホッとした様子で、モカリナの話を聞く。
フィルランカとモカリナは、馬車から、ここまでの中で、出会った男の人の顔を思い浮かべたのだが、思い当たる人は居なかったのだが、1人だけ思い当たった。
それは、馬車を降りた時に、御者を務めていたモナリムが、馬車を預けた人だった。
2人は、その人の事を思い出したのだろう、お互いに、信じられないといった様子で、お互いの顔を見る。
「いや、いや、いや、それは、ないわ。 いくら、エルメアーナが、非常識でも、あの使用人は無いでしょ」
流石に、モカリナは、否定した。
しかも、貴族らしからぬ言葉使いになってしまうほど、エルメアーナの相手について驚いたようだ。
「でも、エルメアーナが、思うなら、それも仕方がない事なのかもしれないわ」
フィルランカが、赤い顔で、エルメアーナを弁護する事を言い出した。
フィルランカとしたら、自分とカインクムも24歳の歳の差があるなら、その時見た使用人とは、その倍の48歳は差がありそうだが、それも有りなのかと思ったのだろう。
フィルランカとしたら、自分とエルメアーナを重ねてしまったのだ。
「ちょっと、フィルランカ。 冗談は言わないでよ。 どう考えたって、あの人とエルメアーナじゃあ、釣り合いが取れないわよ」
「あら、そうなのかしら」
焦った様子でフィルランカに言ったのだが、フィルランカは、何だか嬉しそうにしているので、モカリナとしては気が気ではないようだ。
「そうでしょ。 どう考えたって、おじいちゃんと孫娘なのよ。 そんな人に、一目惚れなんてあり得ないでしょ」
それを聞いて、フィルランカも考えてしまった。
自分が、カインクムに惹かれたのはいつなのかと考えてしまったが、一目惚れでは無かったと、自分自身のことから思い出していた。
「そうよね。 私でも、そんなに歳の離れた人に、一目惚れをするなんて事はないわね」
「そうでしょ。 私たちのような10代半ばなら、一目惚れとなったら、せいぜい、30歳まででしょ。 仕事のできるお兄様、それが、定番でしょ」
「まあ、たまには、それより上だってこともあるわね」
フィルランカは、思い出すようにして、自分の顔を赤くして、その頬を両手で覆っていた。
「ねえ、ちょっとぉ。 あなたまで、そんなふうにならないでよ」
モカリナは、エルメアーナとフィルランカが、どうも同じような表情になってしまっている事に、困ったので、慌てて、フィルランカになんとかしてもらおうと、声をかけた。
「え、ああ、そうよね」
フィルランカとモカリナは、恐る恐るエルメアーナを見る。
エルメアーナは、何かを思い出すようにしてニヤニヤしていた。




