スパイス
フィルランカは、いつものように市場を回って、カインクム達と食べる料理の食材を探していた。
初めて飲んだ、第1区画の飲食店のコーンスープを布で裏漉しして出したのは、カインクムにもエルメアーナにも好評だった。
コーンを潰しただけのスープだと、舌触りが、ザラついてしまったり、残ったコーンの実が残ってしまったのだが、カインクムが、すり鉢を用意してくれたので、それを使って、細かくした後に、布で裏漉ししたのだ。
残ったカスは、水で解いた小麦粉とあえて、油で揚げることで、残りかすも食材として利用した。
スープについては、その滑らかさが、好評で、アメルーミラが喜んで飲んでくれたので、1回の食事で終わってしまった。
ただ、フィルランカにしたら、その第1区画の飲食店でのコーンスープの味が忘れられず、スパイスを手に入れられないかと考えていたのだ。
フィルランカは、いつものように市場を回って、今日の料理を何にするか考えていた。
すると、豆を売っている店に入った時に、フィルランカは声をかけられた。
「ねえ、フィルランカちゃん。 あんた、スパイスを探しているって、聞いたんだけど、本当かい?」
「ええ、でも、スパイスは、値段が高いと聞いてます。 流石に、金と同じ重さで交換するようなものは、私では、買うことはできないと思って、諦めていたんです」
そう言って、少し寂しそうな顔をしながら、話を続ける。
「でも、一度でいいから、スパイスって、どんなものか見て見たいとは思ってます」
それを聞いて、店主は、不思議そうな顔をする。
「ねえ、フィルランカちゃん。 スパイスなんだけど、一つの料理にどれだけの量を使うか知っているかい?」
店主は、フィルランカが、スパイスの使う量について、勘違いしているように思ったのだろう、フィルランカが、どの位の量を使うと思っているのか聞いてきた。
「ええっと、多分、一掴み位じゃないかと……」
フィルランカは、自信が無さそうに、片手を軽く丸めるようにして見せた。
フィルランカは、スパイスを片手いっぱいに使うのかと思っていたようだ。
それを見て、店主は、フィルランカが誤解している事に気付いたのだ。
「フィルランカちゃん。 そんなにスパイスを使ったら、100人分どころか、もっと、量を作る必要があるよ」
「えーっ! そうなのですか!」
フィルランカは、驚いて、聞き返した。
納得した様子をする、豆屋の店主は、少し、ニヤけてフィルランカを見る。
「いいかい、フィルランカちゃん。 一般的なコーンスープ1杯に使う、スパイスの量なら、一摘み程度で構わないんだよ。 あれは、少しでも辛味が出るから、使う量は下手をすると、塩より少なくても構わないんだよ」
フィルランカは、食い入るように話を聞いている。
「じゃあ、私の作る3人分の量なら、そんなに多くなくても構わないってことですか?」
フィルランカが、スパイスの量を理解したと思った店主は、笑顔をフィルランカに向ける。
「そうだな、スープ皿に3杯なら、大した量にはならない」
そう言うと、カウンターの後ろにある棚の扉を開けて、そこから、透明なガラス瓶をフィルランカの前に出す。
フィルランカは、その透明な瓶に入ったものを見る。
(何かしら、これ。 黒い粒だわ)
その瓶は、細長いグラスのような形をして、上には、ガラスの蓋で閉められていた。
中に入っているものは、黒い5mmの丸い粒が入っていた。
「これは?」
フィルランカが、不思議そうに聞くと、豆屋の店主は、満足そうな表情をする。
「これは、ブラックペッパーというスパイスさ」
それを聞いてフィルランカは、目を輝かせて、その瓶の中のブラックペッパーを見る。
「これが、……。 これが、スパイスなんですか」
「ああ、そうさ。 これがスパイスさ。 これを細かく擦り潰して使えば、辛味が料理に加わるんだよ」
フィルランカは、豆屋の店主の話を聞くのだが、目は、スパイスから離せないようだ。
「あのー、さっき、一摘みだけでいいって言いましたよね。 だったら、一度の料理に使う量は、これ、10粒程度で大丈夫ってことですよね」
興奮気味にフィルランカは、スパイスの瓶に向かって話していた。
本来、聞いてもらいたいのは、豆屋の店主なのだから、店主を見て話さなければいけないのだが、フィルランカは、スパイスから目が離せずにいた。
また、フィルランカは、料理に使う量が、自分の思っていた量より遥かに少ない事を知ると、ブラックペッパーが、身近になったと思えたので、目が離せなくなってしまったのだ。
(えっ! 今の話なら、私が、カインクムさん達に作る量なら、スプーン1杯程度で済むわ。 毎日は、無理でも、何かあった時とかに、使うことだってできるんじゃないかしら。 そうよスプーン1杯なら、ひょっとしたら、私にも買えるかもしれない。 毎月、カインクムさんに貰っているお金は、私が、食べるために通う程度で、毎月、貯金もできている)
フィルランカは、スパイスを見て、色々、考えを巡らせている。
(そうよ。 これを買って、足りなくなったら、食べ歩く回数を減らせばいいだけのことだわ。 きっと、このスパイスを使った料理を、カインクムさんに食べてもらったら、……)
フィルランカは、顔を赤くして、両手を頬に当てて、何やら妄想を始めてしまったようだ。
そんなフィルランカを見ていた、豆屋の店主は、フィルランカが、百面相を始めてしまったので、何も言えずに、その様子を見ていたのだが、耐えきれなくなったようだ。
「あのー、フィルランカちゃん?」
心配そうにフィルランカの顔を覗き込んで、声をかけるのだが、フィルランカは、ニヤけたり、赤くなったりしながら、ブラックペッパーのガラス瓶を眺めているので、豆屋の店主の声に気が付かなかった。




