約束
フィルランカを引き取ってもらう話が決まったシスターは、カインクムにお礼をしてから、頭を上げると、シスターは、カインクムに、少し申し訳なさそうな顔をする。
フィルランカを引き取ってもらうことで、一人分の経費が浮く事になったのだが、それでも、孤児院の運営は火の車なのだ。
できれば、カインクムに、もう少し協力をお願いしたいのだが、1人引き取ってもらったのに、厚かましいと思っているのだ。
だが、現状を考えれば、シスターは話をしなければならないと思ったのだ。
「あのー、カインクムさん」
「何か?」
シスターは言いにくそうな様子をしている。
「実は、孤児院には、多くの子供達がいます。 その子供達に、私達は、わずかばかりの事しかできておりません」
カインクムは、シスターの話を聞くと、困ったような顔をする。
(おい、このシスター、俺に、もう何人か、子供を引き取らそうとしているのか? 好条件をフィルランカに用意したから、もう1人2人引き取らせようって事じゃないのか? 流石に、それは無理だ。 第一、フィルランカは、面識があったが、他の子供とは、挨拶を交わす程度なんだぞ。 話もした事が無いんだ)
そんなカインクムの様子を見つつ、シスターは、話を続ける。
「できましたら、孤児院のために、寄付を、お願いしたいのですけど、……」
それを聞いて、カインクムは、ホッとしたようだ。
「ああ、それは、用意してきた」
そう言って、懐から、革袋の財布を出すと、それをテーブルの上に置いた。
「大した額じゃないが、孤児院の運営の足しにしてくれ」
「ありがとうございます。 神の祝福が在らんことを」
シスターは、そう言って、祈りをカインクムに捧げると、立ち上がった。
「それでは、フィルランカを呼んでまいります」
カインクムに一礼して、応接室を出て行くと、直ぐに、フィルランカを連れて、戻ってきた。
フィルランカは、少し恥ずかしそうにしている。
そのフィルランカにシスターは、声をかける。
「お隣のカインクムさんが、あなたを養女にしてくださるのよ」
フィルランカは、カインクムを見てから少し下を向いていた視線をシスターに向ける。
「ねえ、養女って、何?」
「あなたをカインクムさんの子供にしてくれるのよ。 よかったわね」
そう言って、シスターは、フィルランカに笑顔を向けた。
だが、フィルランカは、面白くなさそうな顔をしていた。
「いや」
「えっ!」
シスターは、思わず、フィルランカの答えに驚いて、声を上げてしまった。
「養女は、いや!」
フィルランカを見ていたカインクムも、その答えに驚いた。
「ねえ、なんで、嫌なの? カインクムさんの家には、お友達のエルメアーナも居るのだから、それに、エルメアーナと一緒に暮らしたいって、言ってたじゃない」
シスターは、慌てて、フィルランカに聞き返した。
「だって、私がカインクムさんの子供になったら、カインクムさんは、私のお父さんになるのよ。 お父さんと子供は、結婚できないのよ。 私は、カインクムさんのお嫁さんになりたいの。 だから、子供はイヤ!」
そのフィルランカの発言に、シスターもカインクムも驚いた。
とても10歳の少女の発言とは思えなかったのだ。
だが、小さい女の子が、お父さんを大好きで、大きくなったらお嫁さんになると言う事は良くあることなので、2人は、その類の話だろうと思ったようだ。
シスターとカインクムは、フィルランカの話を聞いて笑い始めた。
「なんで笑うのよ」
そう言って、フィルランカは、頬を膨らませる。
シスターとカインクムは、子供の戯言だと思ったのだ。
「ああ、笑ってすまなかった。 じゃあ、こうしよう」
笑いを堪えながら、カインクムは、フィルランカに提案をする事にした。
「フィルランカ、おじさんは、今年で34歳だが、お前は、何歳だ?」
「10歳」
「じゃあ、おじさんと結婚するには、お前の歳は、低すぎるな」
カインクムに言われて、フィルランカは、その事に気がついたようだ。
カインクムは、フィルランカの表情を見て、年齢的に結婚はできないだろうと思ったと、判断すると話を続ける。
「こうしようじゃないか。 フィルランカは、俺のところで住み込みで働きながら、学校に通う。 もし、10年経って、今と同じ考えでいたら、おじさんが、フィルランカを、お嫁さんにもらってあげよう」
「本当?」
フィルランカは、笑顔を向けた。
「ああ、それで構わないなら、おじさんの家で、エルメアーナと一緒に暮らそう」
カインクムは、子供の戯言なのだから、10年経ったら、今の話を忘れて、若い男に目が行くと思ったのだ。
「10年間、同じ気持ちでいたら、お嫁さんにもらってあげるよ」
カインクムは、反故になる約束だと思って、フィルランカに言った。
シスターもカインクムの意図が、分かったので、笑顔をフィルランカに向けていた。
フィルランカは、シスターの顔を見上げる。
「私、カインクムさんのお嫁さんにしてもらえる。 だから、カインクムさんの家に行きます」
嬉しそうに話した。
シスター自身も10年間、24歳も年上の人を好きでいるわけがないと思うと、うまく、孤児を1人減らせた事に喜んだ。
「良かったわね。 フィルランカ」
それに、10年もフィルランカが、カインクムを思い続ける事はないと思ってもいた。
だが、それは、12年後に現実のものとなるのだった。




