カインクムの魔法のトラウマ
フィルランカは、水魔法が水量の調整が出来た事で、何だか嬉しそうである。
時々、にやけたりしているので、これから、使い方を色々考えているのだろう。
しかし、隣にいるカインクムは、緊張した面持ちでいる。
次は自分が、魔法に挑戦する番だと、思っているのだろう。
そんなカインクムに、ジューネスティーンは声をかける。
「じゃあ、カインクムさんも、今の詠唱を使えば、同じように出来ると思います。 そうなると詠唱は、 “我は命ずる。 世のことわりを読み解き、次に命じる内容でここに魔法紋を描け。 ここに有る全ての物質の反発力を、重力の方向にときはなち、重力の力と相殺せよ” そんな感じじゃ無いかな。 それと、フィルランカさんの魔法、今の水魔法を試してみませんか。 イメージするトレーニングだと思って、少し試してみましょう」
フィルランカの水魔法でトレーニングとジューネスティーンに言われて、カインクムは、目を白黒させる。
慌てて、ジューネスティーンに答える。
「ば、ばかな事を言うな。 俺は、今まで魔法なんで、真似ても出来なかったんだ。 今、ここで、さっきの魔法を、俺が、できるわけがない。 無理だ。 それに、シュレ嬢ちゃんの、やってくれた魔法を、付けるための台車がここにはない」
カインクムは言い訳をする。
ただ、鍛冶屋の中に、台車が、工房に有った1台だけというのは、嘘臭いと、ジューネスティーンは、考えているだろう。
一般的に、このような店を構えているなら、少なくとも、工房と店には、台車程度の物を置いておいても不思議はない。
ジューネスティーンは、その辺りも考えていたのだろう、すぐに顔付きが変わった。
「じゃあ、フィルランカさんが、今、行った水魔法はどうでしょう。 それなら、ここでも出来ます」
ジューネスティーンは、少し意地悪そうな顔をしている。
カインクムが最初から、ドロウイングの魔法に挑戦させた時に、拒否しても、直ぐに代替え案を出せるように考えていた様子だ。
そのために、フィルランカに水魔法で制御をできるようにしたのだ。
カインクムの、できない理由を、一つ一つつぶして、カインクムに魔法に挑戦させるための下拵えをしていたのだ。
しかし、カインクムは、むずかしい顔をしている。
先程のフィルランカの水魔法の制御について、カインクムは、問題の先送りのためだったのだろう、フィルランカに魔法の制御ができるようになるまでの、時間稼ぎのつもりだったのだろうが、それが、カインクムには、裏目に出たのだ。
カインクムは、フィルランカの水魔法の制御に時間をかけてしまって、自分に魔法を覚えさせるのを諦めさせるか、先送りにしようと考えていたのかもしれないのだが、ジューネスティーンは、それを逆手にとって、カインクムの事を囲い込むように仕組んだのだ。
カインクムには、自分が、魔法を使う事を否定する要素がなくなってしまったのだ。
ジューネスティーンは、困った様子のカインクムに話しかける。
「カインクムさん、あなたにも、魔法は使えるんですよ。 最初の一歩を踏み出さないと、前には進めませんよ」
カインクムは、むずかしい顔をしている。
自分には、出来ない、出来るわけがないと思っていたら、絶対に成功する事はない。
頭の中で出来ないと思っていたら前に進む事ができない。
それが理解できないから、挑戦しない。
ジューネスティーンは、そんなカインクムをみて考え出す。
(カインクムさんが、ここまで、自分に魔法適性がないと思い込ませているのは、何か理由があるのか? ひょっとすると、その辺を聞きださないと、話が前に進まないのかもしれない)
ジューネスティーンは、横に座っているシュレイノリアを見るが、シュレイノリアは、フィルランカのアップルパイを美味しそうに食べているだけだった。
何か、アドバイスをしてくれるような感じではないと思ったのだろう、ジューネスティーンは、直ぐに、カインクムに向くと話しかける。
「カインクムさん。 魔法の習得が出来ないと思うような、何か理由があるのですか? もし、有るなら、話を聞かせてはもらえませんか?」
ジューネスティーンの話に、カインクムは、少し嫌な事を聞かれたのか、顔を顰める。
ジューネスティーンは、そんな事には構わず、カインクムが話だすのを待っている。
カインクムは、嫌そうな顔をするが、その雰囲気に耐えきれなくなったのか、ため息を吐くと話し出した。
「子供の時に、魔法適性を調べるって有るだろ。 あれなんだが、帝国では、その時に適性が無かった子供達に、一旦、魔法士から説明を受けて、もう一度、魔法適正を調べるんだ。 俺が受けた時は、近所の子供と3人で受けたんだよ。 それで、3人とも、最初は魔法適性がなかったんだが、その後に魔法士から説明を受けたら、一緒に行った2人は、魔法適性が有るとなって、魔法を覚える話になったんだが、俺はダメだった。 友達2人ができて、自分にはできなかった。 だから、鍛冶屋になったんだ」
そう言って、不満そうな顔をする。
すると、横からシュレイノリアが、話に加わってくる。
「それが、今の大陸の魔法研究の限界。 魔法についての基礎研究が遅れているので、教える事ができてないだけ。 基礎研究がしっかりされていたなら、あなたもその時に魔法が使えたはず」
シュレイノリアが、その時の魔法士についての話をしてくれたので、カインクムも少しは落ち着いたようで有る。
ジューネスティーンは、カインクムの話を聞いてから何かを考えているようだ。
(その時の印象が強くカインクムに残っているのなら、その時に、何かトラウマになるような事があったのかもしれない。 あまり、人の過去について掘り下げるのは、良くないな)
ジューネスティーンは、考えがまとまったのか、カインクムに話しかける。
「カインクムさん。 フィルランカさんが、やった水魔法を、試しにやってみましょう。 できるようになると思いますし、出来なくても、出来るように指導します。 それに、魔法が使えなかったとしても、今までと変わりはない訳ですから、間違って出来るようになったら、儲けものだ。 そんな気楽な感じで試してみませんか?」
その話を聞いて、カインクムは考え出す。
魔法が使えなかった時の未来は、今までと何も変わらない。
魔法が使えるようになった未来は、魔法紋を付与した武器や防具を自分で作れる。
その事をジューネスティーンの言葉によって考えられるようになる。
(俺は、魔法が使えなくても損は何も無いのだ。 むしろ、使えるようになったら、未来は広がってくるって事なのか)
カインクム自身が、魔法が使えるようになった場合は、メリットが大きい。
カインクムの顔から、難しい表情は消えると、ジューネスティーンに話かけてくる。
「なあ、俺に魔法が本当に使えるようになるのだろうか?」
「使えます。 使えるようになります」
ジューネスティーンは、カインクムの質問に即答する。
「最初は、水魔法でもいいか? それなら、フィルランカの魔法を、何度も見ているから、呪文も覚えている」
「それでいきましょう。 見慣れた魔法の方が、早く使えるようになると思います」
ジューネスティーンは、自信を持って答えるが、カインクムは不安そうな顔をしている。
その不安そうなカインクムの前に、フィルランカが、新しい空のカップを置くと、カインクムはフィルランカを見る。
そのカインクムの表情には、余計な事をするなといった感じだが、フィルランカは、練習を始めましょうといった感じで、カインクムに笑顔を返す。
それを、カインクムは、仕方がなさそうに見ると、諦めた表情をした。




