魔法はイメージ
魔法紋を描くのに、魔法紋をイメージするのではないと言われて、カインクムは戸惑った。
それを聞いていたジューネスティーンが、シュレイノリアの説明の解説を行う。
「先程の台車でしたら、軽くする魔法紋を描こうとしたのでは無く、台車が荷物を乗せても軽くなることをイメージしたって事です。 それが結果として魔法紋になったということでしょう」
「そうとも言う」
ジューネスティーンの話に、シュレイノリアが答える。
「ああ、そう言うことか、あんちゃんの説明で理解できた。 魔法紋を描くのではなく、その魔法をイメージしたら、魔法紋になったって事か」
カインクムは、何となくではあるが、シュレイノリアの言った事がわかってきたようだ。
だが、また、新たな疑問が生まれる。
「なあ、魔法には呪文が付き物だと思っていたのだが、嬢ちゃんはロットをかざしただけで、魔法紋を描いていた。 あれはどう言う事なんだ」
台車に魔法紋を、描いたときの事を思い出して、カインクムが質問する。
「私はイメージを魔法に載せているだけだ。 だから杖をかざすだけで魔法は発動する。 呪文にするなら、“ドロウイング。 ここに有る全ての物質の反発力を、重力の方向にときはなち、重力の力と相殺せよ” になる」
カインクムには分からない単語が出てくるので、理解に苦しんでいるようだ。
今の説明を聞いただけでは、理解が及ばないと考えたのか、カインクムは、ジューネスティーンに話しかける。
「あんちゃん、この内容について説明してもらえるか」
ジューネスティーンに助け舟を求めると、ジューネスティーンはシュレイノリアの説明について考えるように、少し上を向いた。
直ぐに、考えがまとまったのだろう、顔をカインクムに向くと答える。
「うーん。 “ドロウイング” は描くって事だと思うんですけど、多分、“ドロウイング” が、魔法紋を描けって事ですね。 後の、“ここに有る全ての物質の反発力を、重力の方向にときはなち、重力の力と相殺せよ” だから、“ここに有る全ての物質” は、台車と、そこに乗せた荷物って事になって、“反発力” は、その物を構成する元素の力って事だと思います。 原子には反発する力も有るので電子が原子核に落ちて行かないとかだったかな。 それと、“重力の方向に解き放ち、重力の力と相殺せよ” だから、物質の反発する力を重力の方向、つまり、地面に向かって反発する力を出して重さを無くしてしまえって言っているのかな。 多分、そんな事だと思います」
「……」
ジューネスティーンの説明でも、いまいち、理解に苦しんでいるカインクムなのを見て、もう少し説明が必要だと思ったようだ。
「要するに、物質の持つ反発力みたいなのを、地面に向かって放つ事で、重さを無くすみたいな事を言っているんです」
一般的な自然科学でも、この世界の人には理解されてない事も多いと思ったのだろう、ジューネスティーンは、もう少し詳しく説明する必要があると思ったのだろう、少し困ったような顔をする。
何か良い説明の方法が無いか、ジューネスティーンは、周りを見る。
自然科学は、何なのかを考えつつ、カインクムが知らない分野を、さらに考えつつ、周りを見ているのだろう。
良さそうな例え話が出来れば良いだけなのだから、何でも良いはずなのだが、ジューネスティーンは意外に悩んでいるようだ。
そんな、ジューネスティーンは、目の前のカップが目に止まったようだ。
そのカップを見て、納得するような顔付きになるので、イメージを膨らませるのは、丁度良いと思ったのだろう。
ジューネスティーンは、テーブルの上にあるカップを指差すと、カインクムに話しかける。
「このカップは、今、テーブルの上にありますが、突然テーブルが無くなってしまったら、カップはどうなりますか?」
それを聞いて、カインクムは、当たり前のように答える。
「そりゃあ、カップは床に落ちる」
ジューネスティーンは、カインクムの答えに満足するように笑顔を作る。
「そうなりますね。 この落ちると言う現象が、重力による影響なのです。 この落ちる力が、重力だと思ってください。 それと、どんな物質でも、強力な力で押さえ付けると小さくなりますよね。 そう、木の板を万力で押さえ付けていくと、万力の力が優って、挟み付けている部分は、小さくなりますね」
カインクムは、今の話を頭の中でイメージしているのだろう。
少し難しそうな顔をしているのだが、それは言っている事が分からないからではなく、真剣に考えている証拠だと、周りからは映っているように思える。
万力で締め付けていくと板は固定されるが、固定された状態で更に締め付けると、万力で締め付けている部分の木の板は凹んでいく。
板の持つ圧力の限界を超えて締め付けられれば、板は凹んで、更に締め付けたら板は割れてしまう。
そんな事をカインクムは、思い出しているのだろう。
イメージがまとまったのか、少し表情が緩むとジューネスティーンに答える。
「ああ、そうなるな」
「物質には、引っ張る力と反発する力が、バランスをとっているので、木の板の形状をしています。 万力で押さえ付けたら、その部分だけ凹みます。 その、バランスを取っている力から、形作られてるんですよ。 それで、反発する力を、床の方に放てと言っているのが、 “重力の方向に解き放ち” なんですよ」
「でもよ、あんちゃん、そんな事したら、台車も荷物も反発する力が無くなってしまったら、その物質自体が、内側に引っ張られてしまって、潰れちゃうとか、形が歪んじゃうんじゃないのか」
ジューネスティーンは、例え話をして、カインクムが、理解できそうな物で例えたのだが、カインクムの答えから、ある程度は理解してくれたのかと思ったのだろう、少し安心したような表情を見せ、話を続ける。
「無限に反発する力を使ってしまったら、そうなるかもしれませんけど、その後に、 “重力の力と相殺せよ” と、有りますから、重力の力以上に、力を使わないって事になります。 それと、反発する力を下に向かっているものだけを増幅させれば、上と左右への反発力は残っているので、潰れることは無いですね。 まぁ、若干、台車と荷物は歪んでいるかもしれませんけど、さっきの状況を考えると、それ程、大きな歪みは無かったと思います」
(ゴメンなさい。 多分、今の説明は、間違っているかもしれません。 反発する力が有るという事を、イメージとして植え付けるために行いました)
ジューネスティーンは、何か、心に含むものが有ったようだが、カインクムには、ジューネスティーンの説明が頭に入ってきたようだ。
「何となく掴めた気がする。 要するに物が地面に落ちる力を、台車や荷物が持っている反発力を使って、相殺させて重さを軽くしているってことか」
「まぁ、そんな事をあの呪文で表現したのだと思います」
ジューネスティーンは、何とか乗り切った。
その心の内をカインクムに分からないようにと思っているのだろう、ジューネスティーンは、僅かに引き攣ったような表情をしていた。




