帝国の鍛冶屋 9
ジューネスティーンは、何かをカインクムに伝えたいように見える。
テーブルの上に置いた剣がそれを物語っているように思える。
「すみませんが、切っても構わない物は有りませんか。 棒みたいな物で、できれば金属の物が有難いのですけど」
(何で金属の棒が必要なんだ? まあ、とりあえず、工房に1センチ程度のものが有ったから持ってくるか)
カインクムは、何で金属の棒なのかと思いつつも立ち上がる。
「チョット待ってろ、工房に端材の金属棒なら有る。 片手で持てるけど、50センチ位の長さも有れば良いか」
「ええ、それで構いません」
カインクムは工房に行って金属の棒を持ってきた。
太さ1センチ程の円柱の金属で、長さは先程言っていた通りで50センチ程ある。
「これでいいか」
そう言って、ジューネスティーンに持ってきた金属の棒を渡すカインクム、それを左手で受け取るジューネスティーンが、自分の剣を抜いて左手に持った棒に狙いをつける。
それを横でカインクムが見ていた。
「少し下がっていて下さい」
そう言うと、カインクムは自分の座っていた椅子の方に下がると、ジューネスティーンはカインクムが離れたことを確認してから、左手に持った棒に、右手に持った短剣の刃を当てて、右手首だけで軽く引く。
すると、その金属の棒は簡単に切れて、切れた棒の先端が床に落ちた。
その光景を見て、カインクムは切れ味に驚いた。
声も出ず、顔から血の気が引いたようである。
そんなカインクムに構わず、ジューネスティーンは話しかける。
「じゃあ、カインクムさん、同じことをやってもらえますか」
そう言って、金属の棒と短剣を渡す。
カインクムは、今、目の前で起こった事が信じられないという顔をしているが、言われるまま、同じように短剣を金属の棒に当てて右手を返すが、棒には刃による傷が少しついた程度で棒はきれなかった。
カインクムはジューネスティーンに出来て自分にできなかった事が不思議に思ったのだろう、もう一度今度は両手に力を入れて本気で切るといった感じで短剣を引くが、先ほどより傷が深い程度にしかならなかった。
その結果をみてから、呆然としてカインクムはジューネスティーンを見る。
そのカインクムの不思議そうな顔を見てジューネスティーンは剣の説明を始める。
「その短剣には、私の魔力に反応して発動する付与魔法が付いていますので、私以外の人がその剣を使っても剣の性能以上の力を得る事は出来ないのです」
短剣の性能としては、カインクムが金属の棒に傷を付ける程度なのだが、ジューネスティーンは、簡単に金属の棒を短剣で切ってしまった。人を選んで反応する剣なのだ。
「全く、とんでも無いことを思いついたんだな。他の連中もこんな剣を持っているのか」
そう言って、残りの5人を見るカインクムにジューネスティーンは答える。
「一応、同じ付与魔法は施してますが、金属まで切れるのは自分だけです。他は、ここまでは出来ませんが、それなりに切れ味は上がってます」
「じゃあ、あんちゃん達の持ち物は、その人専用になっているのか。まるで魔剣だな」
感心するカインクムにジューネスティーンは話す。
「そう、だからパワードスーツの組立は帝国に持ち込んでも問題ないんです」
「うーん、これならあのゴーレムを盗まれても、にいちゃん達への嫌がらせ位にしかならないな。 知らない人間が使えるのは、精々ベアリングの技術位か」
見てきた内容を思い出しながら呟くようにカインクムは答えた。
「それも難しいかも知れません。あの玉の精度を出すノウハウが無いと無理ですね」
ベアリングの技術も盗むのが困難だと言うジューネスティーン。
その理由が精度にあると言うので、ベアリングの精度がカインクムには気になったようだ。
「ところで、そのベアリングの球の精度って、どの位の精度なんだ」
ジューネスティーンは、少し考えるような素振りをすると、平然と答える。
「誤差ですか。 まぁ、最低で直径の1000分の1位ですか」
「……」
一瞬、言葉が出ないカインクム、呆然としてジューネスティーンが切った棒の断面を見つめる。
自分の今迄行ってきた鍛治技術を否定されたような思いになってなのか、力が抜けるように椅子に腰を下ろす。
(これが転移者の技術なのか。 断片的な記憶というが、そんな事までできてしまうのか)
自分の能力を超えたと実感させられ呆然とする。
(だが、エルメアーナは、このジュネスから話を聞いてそれをやり遂げてしまったのか)
自分の娘の成長を考えれば嬉しいことなのかも知れないとも思いつつ短剣を眺める。
その時、直ぐにカインクムの目つきが変わる。
手に持った短剣の刃から目が離せない。
その短剣は、刃こぼれ一つ、傷一つ無い。
あんな無茶な使い方をしたのに、ジューネスティーンが1回金属の棒を切って、カインクムが2回切ろうとしたのだが、何も問題無い新品の短剣といった状態で、カインクムの手に握られている。それに気がついたカインクムの手が震えてくる。
「おい、あんちゃん」
どうかしたのかと思ったように覗き込むジューネスティーンと、見つかってしまったと思ったのか、さっきまで、女子4人で話していた事が現実になっと思ったように顔をしかめた。
そんな事は気にせず、出てきたお茶とお茶菓子を食べるカミュルイアンとレィオーンパード、そんな雰囲気の中、カインクムが驚いたようにジューネスティーンを見ていた。




