帝国で初めての会食 〜風の流れ〜
シェルリーンは、自分が意識した事の無い事を聞かれて、困った様子を表情に出している。
風なんて意識してみた事が無いし、見る事ができないものを、どうだったのかと、思い出しているのだ。
だが、風の進む方向が見えたとは思えないので、どう答えようかと思ったのだが、正直に答える事にする。
「風は、見た事がありません。 それに風って見えるものでは無いですよね」
変な事を聞くと思い、不思議な顔をするシェルリーンは、アンジュリーンを覗き込む。
「あ、ああ、ごめん。 変なことを聞いて。 でも、もし、風が今の矢のように見えたら、風が強くても矢の軌跡が見えるんじゃないかなーっ、なんて思ったから、ちょっと、聞いてみただけ」
苦笑いしながら、アンジュリーンが答える。
すると、今度はシェルリーンが真剣に考える素振りを見せる。
「風が見える。 矢の軌跡が見えるなら、風の流れが見えても可笑しくないって事ですか」
「ちょっと気になったから。 でも、先を予測するって、計算でも出るのよ。 過去の経路を方程式にしてその方程式を、微分してその先を予想するの。 その時に、様々なファクターの式が出せれば、予想精度は格段に上がるのよ。 もし、風の動きが見えたら、風が吹いていても、矢の軌跡が見えてくるんじゃないかなぁーっ、なんて思っただけなのよ。 ちょっとした思いつきなの。 気にしないで」
アンジュリーンの言葉に、興味を持ったシェルリーンは、その答えに満足する。
「ありがとうございます。 私、風が、見えるなんて、考えた事無かったので。 とても、参考になりました。でも、 “びぶん” って、何ですか?」
アンジュリーンは、少し慌てる。
「あ、ああ、計算するための公式と言うか、計算方法というか。 そういったものなの。 概念的な事までは、詳しくないの、計算ツールだと思っててね。 まあ、先を予測する為に使う計算を微分って、私も聞いただけなのよ。 詳しく説明できなくて、ごめんね」
この世界に来てから、数学や自然科学について学んだわけではなく、転移前の記憶が断片的に現れる。
このように何かの切っ掛けで言葉に出るのだが、その話を深く追求してもその先が出てこない。
断片的な記憶が閃きのように現れる。
今の記憶も会話の中から突然口に出てしまった。
「そうですか。 でも、風をよむとかって、村の人から聞いた事があります。 ひょっとしたら、風も見る事ができるかもしれませんね」
そう言ってアンジュリーンに笑顔を向ける。
今の話を聞いた、ウィルリーンが不思議そうにする。
「おいおい、読むと見るは違うだろう」
横からウィルリーンが口を挟むので、シェルリーンはウィルリーンを少し睨むように見る。
今の話を聞いていたカミュルイアンが助け舟を出してきた。
「よむは、手紙を読むとかとは違いますよ。 風をよむは、草木の揺れとかで、風がどのように流れているのかを見て、どの辺りに、どの位の風が流れているか、予想するみたいな事だと思います」
ウィルリーンが、挟んだ言葉にカミュルイアンが、フォローを入れると、潤んだ目でシェルリーンが、カミュルイアンをみて、自分を助けてくれたと感動する。
「そうよね。 風なんて見えるものじゃないから、肌に伝わる風の感覚とか、地面の草の揺れ方をみてその上の空間に流れる風がどうかとか、木々の枝や葉の揺れ方を見て、目的の辺りの風が、どんな感じで流れているのかを、頭の中で予想するのよね。 私なんかが、弓を射るときは、そんな感じで風をよむようにしているから、案外、あなたなら、風の軌跡もみる事が、できるかもしれないわね」
アンジュリーンの言葉に、自信を付けたのかシェルリーンは、ドヤ顔でウィルリーンを見る。
苦虫を噛んだような顔をするウィルリーンは、負けたような気分になる。
「まあ、せいぜい、風の軌跡とやらを見えるようにしてくれ、それで、お前の弓の命中精度が、今よりもっと上がれば、パーティーでの狩りも楽になるってものだ。 私には見えないものが、お前には見えているんだ。 誇って良い事だろう」
それを聞いて、満面の笑みでウィルリーンをみるシェルリーン。
「やれやれ、何だか、一番美味しいところを、持っていかれたって感じだ」
何だか自分の発言が、カミュルイアンにシェルリーンの印象を良くしてしまったように感じるのだが、これからのパーティーでの活動が、もっと良いものになると思える事と、シェルリーンが、今回の会食で成長が伺えた事が少し嬉しく思えた。
出てきた料理も殆ど終わり、料理に手をつけなくなってきた。




