格闘技に必要な筋肉 教官との組み手 3
ジューネスティーンの攻撃が初めて教官に入った結果は、綺麗に投げが決まった。
生徒達も圧倒的な体格差がある教官をジューネスティーンが投げてしまう事は、全く想像してなかったのか、その様子を唖然として見ていた。
そんな中、シュレイノリアだけが、ドヤ顔で、その光景を眺めていた。
教官は、信じられないといった表情をして天井を見ていたが、ハッとなると慌てて起き上がり、また、ジューネスティーンに向かっていった。
今度は、意地になって技を掛け始めたのだが、全く技に入れるような状況では無かった。
無理に技を掛けようとして、ジューネスティーンの身体を崩そうとするのだが、その都度防御されてしまい、そして、技の掛け方が粗くなると、その瞬間を突いてジューネスティーンが技を掛けて、また、教官を投げていた。
組み手が始まった時は、圧倒的に教官の独壇場だったのだが、今は、完全に逆転してしまっていた。
ジューネスティーンは、常に教官が技を掛けて失敗し、戻って仕切り直しをしようとする瞬間を狙って技を掛けていた。
常に腕の力を緩めて組む事で、技が掛けられ易い状態にしておき、掛けられた瞬間に防御体勢を取っていたので、教官としたら、上半身の力が弱い状態の相手に自分の技を掛けようとするのだが、技を掛けた瞬間に状況が変わってしまうので、その力の変化に教官は付いていく事ができずにいるのだ。
今まで、その体格から教官と対等に戦える生徒が居なかった事から、力任せに技を掛けても倒す事ができていたので、ジューネスティーンのように自身の身体強化を綱上りで行なって、身体能力も教官に及ばないまでも、入学時より身体ができてきた事と、組み手においても投げるためにどうしたら良いのか、逆に相手に投げられる事で、投げるという技のコツを細部まで掴んでしまっていたのだ。
そして、最初に教官の技を受けて投げられる事によって、教官の技の癖を吸収して、その技の対抗手段を使えるようになってしまったのだ。
教官としたら、今まで体力自慢で教官になりはしたが、授業を受ける生徒達からは、この授業が必要なのかと疑問を持たれていた。
魔物との戦闘で格闘技が必要なのかという生徒が大半だったこともあり、本気で格闘技の授業を受けている生徒は居なかったので、生徒も大して格闘技の技術を本格的に研究したりする者は居なかった。
そんな生徒達を見ている教官としても技を鍛える事もせず、力任せに生徒を投げてきただけだったので、初めて本格的に格闘技に取り組んできたジューネスティーンに遅れをとってしまった。
そして、ジューネスティーンは、観察する事が好きだった事もあり、そして、硬鉄と軟鉄のハイブリット化した剣によって、細くとも弾力と斬れ味を追求された日本刀の概念に沿った剣を作ったり、物事を、より効率化することを考えてきた。
それが、この格闘技にも及んでいたのだ。
今まで、大した生徒にも恵まれず、単位のために授業を受けていた生徒達であれば、この教官ならば、誰も太刀打ちできなかっただろうが、効率的な身体作りを考えて実践してきたジューネスティーンに、格闘技で追い越されてしまったのだ。
その後は、教官も不用意に技を掛けず、前後左右に移動しつつ、技を掛けるようにしたが、投げるまでにはいかなかった。
そして、教官も流石に疲れたのか、動きが止まった瞬間、ジューネスティーンから身体を動かし、教官を斜め前に引き上げるように身体を崩すと、懐に飛び込み自分の背中に教官の胸を乗せるとそのまま、教官を一回転させて背中から床に叩きつけた。
叩きつけられた教官は、あらい息をしつつ、その状態のまま起きあがろうとしなかった。
「こ、ここ、まで、だ」
教官は、組み手が終わった事を宣言した。
「ありがとう、ございました」
ジューネスティーンも、あらい息をしつつ答えると座り込んでしまった。
その様子を見ていた生徒達は、ガッカリしたり、健闘をたたえたり、さまざまだったが、授業の終了の鐘の音が聞こえると、生徒達は、その場を後にし始めた。
ほとんどの生徒が出ていくと、床に大の字になっている教官と座り込んだジューネスティーン、そして、パーティーメンバー達だけになった。
「お前、あの、入り口の綱、上れるように、なったのか?」
教官がジューネスティーンに聞いた。
「ええ、腕だけで上れるようになりました」
「……。 そうか。 俺は、腕だけでは無理だった。 ……。 とうとう、生徒に、抜かれて、しまったよ」
ジューネスティーンの答えに教官は、感慨深いものを感じているようだった。
「上れなかったのは、体重差のせいだと思います。 綱を上るのは、腕だけで自分の体重を支えるわけですから、体重が軽い人と重い人では、その体重差によって軽い人の方が早く上れるようになります。 ほら、体重が40キロの人と100キロの人では、その体重を支える腕力を作らなければならないので、40キロを支えるのか、100キロを支えるのかで変わってきます」
その説明を聞いて、教官も納得できたようだ。
そして、残っていたアリアリーシャの130センチという小さな身体を確認するように見ると自分の身体を確認するように頭を上げて頭を床に戻した。
「なるほどな、上れないのは、体重差のせいだったのか」
「今、体重の一番少ないアリーシャ姉さんは、ベルトに重しを付けて上っています。 実際、格闘が必要になった時には、相手は自分の体重差を考えて仕掛けてくる訳ではありませんから、それに常に自分と同じ体重程度の相手と対峙するわけではないでしょう」
ルールの中に体重制限があるなら、自身の体重を支えるだけの腕力が有れば、それでも構わないかもしれないが、冒険者として魔物と対峙するなら、体重差によって相手が変わることは無い。
その辺りも想定してジューネスティーンは、先に上れるようになったアリアリーシャには重りを付けてもらうようにした。
「だから、軽い人には必要な加重を加えてます。 対峙する魔物と、体格差のハンデを、それで補えれば、その分、生存率は高くなりますからね」
それを聞いて教官は、安心したようだ。
「そうか、そこまで理解して、考えていたのか。 なる程な。 ……」
教官は、自分の負けに納得したようだ。




