剣 〜試し斬りに向けて〜
最初の剣の鞘が完成し一本の剣になるとジューネスティーンは、軽く曲線を描く鞘、金属で作られた剣の2倍以上の大きさをした楕円の鍔、鍔の先は柄になるが、その部分は紐を数本の紐を並べて巻いてあった。
柄の鍔付近と柄尻以外の部分は、ただ、並べて巻かれていたが、握る部分に付けられている目貫が隙間から見えるように数本の紐がひっくり返すように編み込まれていた。
完成した剣をパーツ毎に確認するように見ると、今度は剣を水平にして、鞘と柄を握ってゆっくりと剣を鞘から抜いた。
抜き終わると、剣を翳して握り具合を確認しつつ剣を見上げ、鏡面に仕上げられた部分から反射して見える壁や天井を写し、焼き入れの際に現れた紋様を確認いていた。
(刃側に入っている竜巻みたいな紋様は、刃に垂直にできているのは、水の中に入れた時、蒸発した水蒸気が剣の側面を走るように上ったから、その部分の焼き入れが甘くなって紋様になったと考えて良いだろうな。水蒸気は同じ場所ばかりを駆け上がるなんて事は無いだろうし、常に均等に出るわけでも無いだろうから、こんな竜巻みたいな紋様になってしまったんだろうな)
最初の1本目の焼き入れは、鎬から峰に粘土を塗って焼き入れを遅らせていたが、刃から鎬にかけて粘土は塗らずにいた。
その結果、刃は縁から5ミリ程まで均等に輝いていたが、それより内側から鎬までの粘土を塗って無かった部分に竜巻のような波紋が刃に垂直に現れていた。
焼き入れの際、刃を下に向けて水の中に入れた事から、刃表面の水は蒸発して上に上がった事から焼き入れが入り、刃から少し入った部分は水蒸気が上がる事によって、水蒸気の隙間が入った事によって焼き入れの急激な温度変化が鈍ってしまったといえる。
水蒸気の上がり方によって焼き入れの入り方が変わってしまい、結果として竜巻のような紋様が現れてしまったと考察していた。
「この紋様を、意識して変える事って、出来ないか、な、あ」
剣を眺めつつ、ジューネスティーンはボヤいていた。
(でも、この竜巻みたいな紋様も良いか)
出来上がった剣を確認していると、鍛治工房の扉が開いた。
「ジュネス! そろそろ、鞘も出来た頃じゃないのか! 早速、試し切りをしてみようじゃないか!」
扉を開ける早々にシュレイノリアが捲し立てるように言ってきた。
「ん、ああ、そうだな」
ジューネスティーンは、持っていた剣から目を離す事なく気のない返事をした。
「おい! 柄が完成した時点で試し切りをしてもおかしくはないはずだぞ! 鞘がある程度出来上がっているなら、その状態で試し切りをしても良いだろう」
言われた通りだというように納得するような表情をしたが、視線は剣を見ていた。
「ジュネス、どうした? 何か問題でも有ったのか?」
ジューネスティーンの態度も返事も、いつもと違う事からシュレイノリアは気になったようだ。
「あ、いや、なんだか、試し斬りも勿体無いような気がしてきたんだ」
答える時もジューネスティーンは剣から視線を離す事は無かったので、シュレイノリアは少し蔑んだ目で見た。
「お前、その剣は道具として使う。剣は武器として使う。ジュネス、お前は何か勘違いしていないか?」
「うーん、道具か。でも、見ていて飽きないんだ」
シュレイノリアは、その答えに怒ったような表情をしたが直ぐに堪えるように変わったが、諦めたように大きく息を吐くと力が抜けた様子でジューネスティーンの近くに歩み寄った。
「ジュネス、その剣は魔物を倒す為に作ったんだ。だから、使い物になるか確認しておく必要がある」
「そうだね。でも、試し斬りで刃こぼれしたら、ちょっと嫌かな」
その答えにシュレイノリアはイラついたような表情をして、座って剣を見ているジューネスティーンを見下ろした。
「ジュネスは、野菜を切った時にメイに言われた事を覚えてないのか?」
「ん?」
「ほら、包丁を真下に下ろすように切った時と、引くように切った時の切れ方を覚えてないのか! 斬るなら叩くように振ったら、真下に下ろした包丁と一緒だが、引くように剣を振れれば斬る力は小さくなる。力が小さいなら衝撃も小さくなる。斬る時に引くように斬れれば刃こぼれは最小限に抑えられるはず! 場合によっては刃こぼれしない事だってあるはずだ」
ジューネスティーンは、シュレイノリアの説明を聞いている間も視線は剣から離さずにいたが、うっとりと眺めていた表情が考えるような表情に変わり、刃を鍔から切先に流れるように見ていた。
「うん、そうだね。そうか根菜類を切った時の事か」
それだけ言うと剣を鞘におさめた。
「そうなると、ただ振り下ろすだけの剣の振り方じゃなくて、手首も使って振らないといけないな」
鞘におさめられた剣の柄を握ると、ゆっくり右斜め上から振ると、その動きを目で追っていた。
「そうか。今まで中庭で振ってた剣の軌道だと斬る為には刃に荷重が掛かってしまうのか」
「まあ、ただ振り下ろしていただけだったからな。でも、腕の筋肉を付けるなら、それで良かった。だが、剣の特性を考えたなら刃を擦るように振るようにしたら刃にかかる荷重も減るだろうな」
シュレイノリアは、自身の考えていることがジューネスティーンに伝わったと思い表情が柔らかくなった。
「擦る斬り方をするにしても腕の筋力は必要になる。今までの訓練は無駄じゃ無かったはずだ」
シュレイノリアの言葉を聞いて、ジューネスティーンは立ち上がって広い場所に移動すると、鞘におさまった剣を振り上げてから、ゆっくりと振り下ろし、その剣の軌道を確認していた。
「そうだな。斬るのだから、ただ刃を振り下ろすんじゃなくて、引く事で深く抉り込むのか」
ジューネスティーンは納得するように振り下ろした剣の鞘を持つとシュレイノリアを見た。
「うん、シュレの言う通りだ。ちゃんと斬れるか確認しないといけないよね」
ジューネスティーンは持った剣をシュレイノリアに向けた。
それは、シュレイノリアが言った通り試し切りをしてみると示していた。