ツカ辺境伯領の戦後処理 2
帝都に向かう為には、ゲートを抜ける最短コースと、南を通り、ツカエ平原を抜けるコースが有った。
ゲートのコースは、盗賊団によって通行できなくなっており、南は、ツカエ平原が近いこともあり、そこに現れたサーベルタイガーの魔物によって被害が発生する事もあったので、ツカ辺境伯領と帝都の流通はあまり良くは無かったのだ。
ただ、ゲートの落石については、盗賊団が意図的に行なっていた可能性が高く、駐留軍としても手を焼いていたのだ。
そこにツノネズミリスの発生が確認され、駐留軍は、盗賊団よりツノネズミリスを優先すると、次は、ツカラ平原でサーベルタイガーの発生が確認されたのだ。
ツカ少佐は、八方塞がりの状況でギリギリの対応を迫られていたのだった。
それが、ジューネスティーン達のお陰で、3つとも解決してしまったのだ。
「それと、困った問題が一つ有るのですけど。」
ツカエ少尉は、申し訳なさそうに、ツカ少佐に言う。
「なんだ、言ってみろ。」
「はい、ゲートの街道に転がっていた岩なのですが、回収部隊を送りました。」
「ああ、その事務処理が後回しになったのか。 それなら、提出して貰えば処理する。」
「いえ、回収した岩の置き場所をどうしようかと、街道を埋め尽くす程の岩だった事と、あの魔法紋を刻んである岩が、人目に触れる様な場所で保管とかもできないでしょうから、こちらに届いたら、どう処理しようかと悩んでいたのです。」
ツカエ少尉に言われて、ツカ少佐も、ことの重要性に気がついたようだ。
通常なら、重機を使って移動させるような重い岩を、人が軽々と持ち運びできるようにしてしまったのだ。
その魔法紋を使えば、重い荷物を運ぶのも簡単に行える。
シュレイノリアとウィルリーンが描いた魔法紋には、重い穀物を出荷しているツカ辺境伯領のトップとしては、絶対に手放せない情報なのだ。
「そうだな。 倉庫に・・・。 いや、それも変な話か。 ああ、ここの駐留軍本部の裏庭を使え。」
ツカエ少尉は、まだ、困った顔をしていた。
「あのー。 そうなると、駐留軍の全軍での集会ができなくなってしまうかもしれません。」
「そんなに多いのか! 」
ツカエ少尉の言葉にツカ少佐も少し驚いている。
ツカ少佐は、考えるが、直ぐに、名案が浮かんだ様子で指示を出す。
「じゃあ、駐留軍本部には、数個だけ、庭石のように端の方に置いておけ。 残った岩は、館の裏庭にでも置いて、ロープでも張っておけばいい。」
「しかし、お館様が。」
「かまわん。 親父殿には、俺の方から伝えておく。 あれは、今の所、帝国でも最高機密に匹敵する物だ。 その辺に置いておいて良い物ではない。」
「はあ。」
ツカエ少尉は、何となく納得したような様子を見せるのだが、しっくり来ない気もするのだ。
これ以外にも、ツノネズミリスの討伐に使った落とし穴の爆弾についてなのだが、それも回収して、駐留軍本部の裏庭に置いてあるのだ。
ただ、爆弾については、帝国軍本部が回収してくれると思われるのだが、今の駐留軍本部の裏庭は、シュレイノリアの作った爆弾がゴロゴロと置いてある。
雷魔法が避雷針に当たらなければ問題無いとは聞いているのだが、それでも、数万匹のツノネズミリスを撃退した爆弾なので、駐留軍本部で働いている人達にとっては、心地良い環境とは言えないのだ。
特に、ツカエ少尉とすれば、爆発を目の当たりにしていたので、その近くに岩を運ぶのは嬉しくない命令だったのだ。
また、辺境伯の館の裏庭は、辺境伯が大事にしている花などもあり、そんな所に重要機密だからといって置いて、ロープを張ったとして、辺境伯が何と言うのかと考えてしまうのだった。
ツカエ少尉は、代々、ツカ辺境伯に使える家柄なので、辺境伯の事もよく知っている。
そのため、なおさら、気になっているのだ。
(少佐、本当に辺境伯に報告して、了解をとってくれるだろうか? 少佐って、昔っから、頭は切れるけど、時々、抜けるところが有るからなぁ。 岩を館に持っていって降ろしていたら、伯爵様が怒鳴り込んできそうで怖いんだけど。 また、親子喧嘩にならなければいいけど。)
ツカエ少尉は、微妙な顔をしている。
すると、押し殺したような笑い声が聞こえてくるので、その方向を見ると、ツカ少佐の秘書官が、クスクスと笑っていた。
秘書官は、ツカエ少尉が何を考えているのか、表情を見てわかったのだった。
それを見て、クスクスと笑ってしまったようだ。
「少尉、私の方から、伯爵様に報告書を回しておきます。 だから、安心してください。」
カアエル准尉にそう言われると、ツカエ少尉も安心したようだ。
「おい、なんだ、それじゃあ、まるで、俺が親父殿へ報告を忘れると思っていたみたいじゃないか? 」
「・・・。」
流石にツカエ少尉は、答えられないようだったのだが、横でカエアル准尉が代わりに答えてくれた。
「そうですよ。 今までだって、伯爵様への報告を忘れて、私たち、家に仕えるものたちが、どれだけ苦労したと思っているんですか。 少佐が忘れていて、伯爵様に怒られてしまった事は、一度や二度じゃないんですからね。 少しは、仕える者達の苦労も察してください。」
カアエル准尉は、仕方が無さそうに答えた。
だが、表情には笑みもあったので、角が立たないように言ったのだ。
「エイカインには敵わないな。」
ツカ少佐も、ヤレヤレといった表情で返した。
「そうだな。 この岩の事は、家の中の問題では無く、辺境伯領として対応しなければならないからな。 辺境伯に駐留軍から正式の依頼として、お願いした方が良さそうだな。」
「はい。 そうしておきます。」
カアエル准尉は、クスクスと笑っているが、ツカ少佐は、少し恥ずかしかったのか、椅子を180°回転させて外を眺めてしまった。
ツカエ少尉は、ホッとした様子を見せている。
そんな、ツカ少佐とツカエ少尉の反応を見て、カアエル准尉は、また、クスクスを笑ってしまっていた。
昔から、辺境伯の家で家族のように育っていた間柄なので、お互いの性格も、長所も短所も知っている。
「そう言えば、あの軍本部の連中は、今回の逮捕を見ているのか? 」
ツカ少佐は、誰に問いかけるでもなく、質問した。
「彼らには、ツカディアでの観光の話はしておりません。 それに、帝都で活動報告もあるでしょうから、もう、かなり先に行ってしまっていると思われます。」
カアエル准尉が答えた。
「ゲートの周辺には、他には誰も居なかったと思います。 自分達が周辺を警戒している時に、周辺に人の気配は無かったです。」
続けて、ツカエ少尉が答えた。
「そうか。 だったら構わない。」
もし、彼らに逮捕の時の全容なり一部なりを目撃されていたとなると、回収した岩もどうなるのか分からない。
上手く岩の魔法紋だけを抽出すれば、何かと便利になる。
そう思えば、帝都には秘密にしておいて、辺境伯領内で使いたいと、ツカ少佐は考えていたのだ。
「そうか、石切の職人が必要になるのか。 」
ツカ少佐の思惑は、続いていた。




