岩の移動 〜シュレイノリアの失敗〜
一方、シュレイノリアは、魔法紋を使った事のない兵士3人を見ていた。
シュレイノリアは、30cm程の岩に魔法紋を刻んだ。
今度の魔法紋は、岩の出っ張りの部分に刻まれた。
さっき呼んだ兵士3人に、その岩を見せる。
「この岩に魔法紋が刻んである。 この魔法紋は、物を軽くする魔法なので、魔法紋を使えば片手でも簡単に運べる。」
そう言って説明すると、その岩を指で軽く弾くと、小石の様に転がり出し、半回転して魔法紋が地面の方に向いたところで止まった。
3人の兵士は感嘆の声を上げてその光景を見ていた。
「じゃあ、お前達3人は、その石が軽く持ち上げられたら、他の者と一緒に作業に入って欲しい。」
そう言われて、兵士が1人、シュレイノリアが指で弾いた岩を片手で持とうとするが、そのままの状態で動かなくなってしまった。
「魔法紋に魔力を流せばよい。 それだけで片手だろうが指一本でも動かせる。」
言われた兵士は、持ち上げる事ができない。
「うーん。 じゃあ、次、お前がやってみろ。」
シュレイノリアは、次の兵士に代わるように言うと、兵士達は素直に代わって、20cm程の岩を片手で持ち上げようとするのだが、上手く持ち上げられずにいる。
「全く、しょうがないな。 じゃあ、次! 」
そう言うと3人目の兵士が、岩を片手で持ち上げようとするのだが持ち上がらない。
シュレイノリアは不思議そうな顔をする。
「珍しいな。 魔力を流し込めない人が、3人もいるなんて初めて見たぞ。」
そう言うと、シュレイノリアは、最後の兵士に退くように言う。
シュレイノリアは、しゃがみこんで岩を見ると、さっき転がした時に魔法紋が下に行ってしまったのだと気付く。
「ああ、魔法紋が見えてないから、魔素を上手く流せないのか。」
そう言って、人差し指を弾いて岩を転がそうとした。
だが、その岩は、人差し指を弾いただけでは動く事は無かった。
シュレイノリアは指で弾いて、ひっくり返そうとしたのだが、魔法紋が発動せずに、岩はそのままの状態で動かずにいた。
ただ、そんな事は無いと思っていたシュレイノリアの人差し指の爪には、弾いた時の荷重がモロに掛かってしまったのだ。
シュレイノリアは、声にならない声を発する。
人差し指の爪の痛みによって、思わず変な声を発してしまったのだ。
その声を聞いて、ウィルリーンが作業をやめてシュレイノリアを見る。
「シュレ、どうしたのよ。 遊んでないで、早く終わらせるわよ。」
その声にシュレイノリアは、ウィルリーンを見る。
シュレイノリアは涙目になって人差し指を反対の手で握っていた。
「どうしたのよ。」
「この岩を指で弾いた。」
ウィルルーンは、何なのかと思って、その岩を軽く押すようにしつつ魔力を込める。
だが、その岩は、軽い力では動かない。
「ねえ、シュレ。 魔法紋は、どこにあるの? 」
ウィルリーンは、見えている部分に魔法紋が無い事に気がつくと、シュレイノリアに聞いた。
「魔法紋は、多分、地面側にある。 さっき、弾いた時に転がって、下に向いたと思う。」
ウィルリーンは、岩の下を覗き込むが、シュレイノリアの魔法紋は見当たらない。
「ねえ、シュレ、魔法紋なんだけど、傷が付いたらどうなるの? 」
「多分、発動しない。」
「そうよね。 デリケートな物だから、魔法紋を傷付けるような事はしないわよね。」
「しない。」
「でも、あなたは、岩を転がしてしまったのよ。 地面に魔法紋が転がって、下の岩に当たったら、どうなるかしら。」
「魔法紋が傷つくかも。」
「傷付いた魔法紋は、果たして発動するのでしょうか? 」
「・・・。」
ウィルリーンは、シュレイノリアの意外な側面を見たような気がした。
完璧な彼女であっても、こんな初歩的なミスをするのだと思うと、親近感が湧いたようだ。
それと、少しだけ、意地悪をしてみたくなったようだった。
ウィルリーンは、それだけ話をすると、シュレイノリアが指で弾いた岩に魔法紋を刻む。
「あなた達、この魔法紋を見ながら、ゆっくりと岩を上げてみて、力も徐々に加えていくのよ。」
そう言われて、1人が前に出て、岩に手をかける。
「急激に力を加えたら、さっきのように吹っ飛んでいってしまうから、ゆっくり、力を加えてね。」
そう言われて、兵士はゆっくりと立ち上がる。
手に持つ岩は、重さが全く無いように持ち上がった。
「じゃあ、おろして、あなたは、今の感じを覚えておいて、それが、魔法紋を発動させるときの感覚よ。 じゃあ、順番に今のようにしてください。 できたら、他の兵士の皆さんと一緒に作業に入ってください。」
今度は3人とも、軽々と30cm程の岩を持ち上げてしまった。
ウィルリーンが、フォローして3人の兵士も魔法紋が使えた事で作業に入った。
魔法紋は、シュレイノリアとウィルリーンの2人が描いていた。
ゲートは、自然にできた硬い岩盤が、細長く東西に走っているのだが、その途中にその岩盤が切れているところの事を地元の人たちが「ゲート」と、言っている。
岩盤の幅は100m程有り、ゲートのある部分は、両脇の岩盤が共に50m程の高さがある。
盗賊は、岩盤が崩れてゲートを塞いだこの場所で、旅人が止まったところを襲っていたのだ。
ゲートを塞いでいた岩は、かなりの量があったのだが、1mであろうが、2mであろうが、軽く持ち運びができるように魔法紋を刻んだことと、駐留軍兵士の半数が手伝ったことで、1時間ほどで終了した。
作業が終了する頃には、駐留軍の補給部隊の馬車が到着した。
万一に備えて、数日間のキャンプも考えていたらしく、補給物資も多く積んでいた。
補給部隊と一緒に来た馬車には、盗賊を捕獲して移動できる馬車もあり、盗賊達は、その中に押し込まれた。
準備が済むと、ツカエ少尉は、ジューネスティーンとユーリカリアに挨拶に来た。
「この度は、盗賊団を捕らえてもらい、ありがとうございました。 無事逮捕できた事は、皆様のお陰です。 自分達は、盗賊達を連れてツカディヲに戻ります。」
「わかりました。 自分達もこれで、移動します。」
「では、これで失礼します。」
そう言うとツカエ少尉は、敬礼すると、全員を引き連れて街道を戻っていった。
ジューネスティーン達はそれを見送る。
「じゃあ、我々も次の街に向かおうか。 ゆっくりし過ぎて、日が落ちてしまったら、野宿になてしまうからな。」
ユーリカリアは、そう言うと、シェルリーンとウィルリーンを見た。
「何で、私達をみるのよ! 」
ウィルリーンが、ムッとした様な顔で、ユーリカリアに言い返す。
「お前達は、野宿でも構わないなら、それでいいんだ。」
「ダメですよ、ウィルねえ。 そんなことになったら、カミュルイアン様と、別々になってしまいます。」
ウィルリーンは、思い出したようだ。
カミュルイアンと一緒に居ても良いと言われたのは、討伐終了後の宿だけで、野宿の時は、外に声が漏れるからダメだとなっていたのだ。
「そうね。 さっさと出発しましょう。 日が落ちる前に宿を取りましょう。」
ウィルリーンは、そう言うと、さっさと、シェルリーンとカミュルイアンを連れて馬車に乗り込もうとする。
それを周りがポカンと見ている。
「何してるの! 盗賊の対応、岩の除去で、時間を潰しているのだから、あなた達も、さっさと乗って出発するわよ。」
言うだけ言うと、馬車に乗り込んでしまった。
そんな中、憂鬱そうなアメルーミラが、無言で御者台に行くと、ヴィラレットが心配そうにその姿をみる。
「ヴィラ! 」
ユーリカリアは、ヴィラレットに声を掛けると、アメルーミラを見る。
ヴィラレットは、アメルーミラの後を追って、御者台に行くとジューネスティーンもそれを見て、レィオーンパードをみる。
「レオン、お前も御者台に行け。」
「分かった。」
そう言うと、レィオーンパードも御者台に行って、アメルーミラを囲むようにヴィラレットとレィオーンパードが並んで座った。
傷心のアメルーミラを2人が少しでも癒してくれればと思うのだ。
それぞれの思いを込めて、馬車は次の街を目指して出発していった。




