国とギルドの軍事力
4年前まで、大ツ・バール帝国は、ギルドの支部の設立を拒んでいたこともあり、どちらかというと、ギルドと対立した国という立場にあったのだ。
そんな組織に所属している者同士が話をしているのだから、ギルドの思惑についてや、大ツ・バール帝国の思惑についての話になると、流石に立場的なものが有るので、お互いに言葉を選ぶのだが、辺境伯にはそんな思惑も関係無く話しているように思えるので、周りがその発言に対してどう対処すれば良いのかと困ってしまったのだ。
ジューネスティーンも今の辺境伯の発言にどう答えて良いのかと悩んでしまった。
そんな様子を見たツカ少佐が、黙っていてはいけないと思ったのか話し始めた。
「確かに、ギルドは冒険者を抱えている。 その冒険者の戦力を纏めたら、国の一つは遥かに凌いてしまうだろうな。」
「でも、それは無理でしょう。」
ツカ少佐が、ギルドの軍事力について呟いてくれたので、ジューネスティーンは、助かったと思ったようにそれを否定した。
「ジュネス君。 なんで、そんな事が言える? 」
「冒険者は、パーティー単位で存在します。 私の所は、今、7人ですけど、これだと軍隊としては、分隊にも満たない数です。 軍隊は人数が集まって、初めて組織として機能します。 例えば、司令官の命令を隊に伝えます。 戦略を達成させる為に命令された中級士官がその戦略に対応した戦術を駆使して、戦略を成功に導きます。 なので、司令官の命令を、それに沿って戦術を実行する中級士官である、大隊長、中隊長、小隊長、分隊長、班長とその命令を実行する為の組織が必要となります。 今のギルドのような組織では、班長だけは居るが、分隊長以上の司令官が居ないので、軍隊として組織することは無理だと思います。」
ジューネスティーンは、高等学校時代に行った軍との合同訓練を思い出していた。
武道大会優勝者が、高等学校側の指令となって、軍学校の生徒と模擬戦を行うのだが、ジューネスティーンが指揮する前は、パーティー単位での攻撃しか行わなかったので、圧倒的に軍学校が優位に模擬戦を戦って、勝っていたのだ。
その事を思い出すと、冒険者パーティーを軍組織としてまとめるのは、至難の業だと痛感させられていたのだ。
「なる程、バラバラに動いてしまう冒険者をまとめる事は難しいのか。」
「そうなります。 特に冒険者は、組織よりも個人とその所属するパーティーを重んじますから、冒険者と国の軍隊とでは、戦争にならないと思います。 冒険者は、勝っている時は、一緒に行動するでしょうけど、情勢が悪くなったら、パーティー毎に撤退を始めるでしょうね。」
辺境伯とツカ少佐は、今の話に納得したようだ。
「なあ、ジュネス君。 もし君が軍を率いて、冒険者の合同パーティーと戦った時に取る作戦はどうなる? 良ければ教えてくれないか? 」
ジューネスティーンは、ツカ少佐の質問に困った顔をする。
「うーん、条件が厳しいですけど、自分が軍の司令として冒険者に対峙するなら、パーティー単位で行動している冒険者を小隊か中隊規模の軍を向かわせます。 基本は、各個撃破に努めるようにします。」
ツカ少佐は、わずかにいやらしい笑いを浮かべると、別の質問をした。
最初の質問は、布石で、これから後の話が本題だったのだ。
「じゃあ、逆に冒険者パーティーを数百個持って、軍と対峙した時は、どうやって対峙するんだ? 」
「数百個のパーティーですか。 まあ、その時も基本は各個撃破に徹するでしょうから、遠距離の攻撃が出来るパーティーで、軍の側面を攻撃させるでしょうね。」
「それだけか? 」
「いえ、そうすると、その攻撃部隊を撃破する為に、軍を分けて攻撃を仕掛ける事になるでしょうから、攻撃していたパーティーを直ぐに撤退させて、仲間の待つ陣地に誘き寄せます。」
「ああ、攻撃を加えようとした軍を、伏兵を使って撃退すると言うことか。」
「そうですね。 そうやって、徐々に削るようにします。」
「だが、同じ事を何度もされたら、軍側もそれに対応してくるだろう。 例えば全軍で攻撃してきたパーティーを攻撃に移るとか。」
「ええ、その場合は、移動速度の問題が有りますから、追いつかれることは有りません。 そうなれば、後は持久戦に持ち込みます。 パーティーを順番に別方向から遠距離攻撃させて、軍に休ませる機会を与えないようにします。 特に夜襲とかを2日も行えば、軍の兵士はまともに睡眠も出来ずに大した戦果も上げられなくなってしまうでしょう。」
ツカ少佐も、同じ事を考えたようだが、その方法にも問題はあると思っているようだ。
それを、隣にいた辺境伯が聞いてきた。
「なる程、面白い事を考えるな。 だが、それには冒険者側の位置を把握させないことが、前提条件となるのではないか? 」
辺境伯も今の領主の地位に着く前は、ツカ少佐同ように駐留軍の司令官をおこなっていたので、今のような話でも的確に弱点を捉えてしまう。
だが、ツカ少佐とジューネスティーンの話を、黙って聞いたのだが、お互いに面白い話だと思った様子で話に入ってきた。
「冒険者側の本陣も攻撃部隊の位置が分かっていたら、そこで終わりじゃないか。」
「確かに辺境伯様の言う通りです。 この方法ですと本陣を持たない事が一番良いのですけど、命令系統を確実にする必要があるので、何らかの形で本陣を置かなければなりませんから、本陣を相手に見つけられないようにする必要があります。 今の対戦ですと、冒険者側は、本陣を見つけられた時点で負けてしまうでしょうし、それに数の少ない攻撃部隊を見つけられて先に攻撃されたら、冒険者側は完全にい負けますね。」
それをツカ少佐と辺境伯は、面白そうに聞いていた。
ツカ少佐は、ジューネスティーンが軍と対峙した時にも、何か策を持っていると思ったようだ。
最初に軍の司令となった時の話から入って、冒険者として軍と対峙した時の作戦を聞き出したのだ。
もし、今の話が正式な場面でされた場合は、問題になるのだろうが、祝勝会の個人的な話で終わらせられるところでの話なので、問題にはならない。
ただ、辺境伯としては、ジューネスティーンの戦略眼を見られた事が良かったと思ったようだ。
「ああ、面白い話を聞けたよ。 こんな突拍子も無い話に付き合ってくれてありがとう。」
そう言って、辺境伯は、話を切り上げた。
「君の見識の高さを知る事が出来た、今日は楽しかったよ。」
そう言うと、辺境伯は、ジューネスティーンから離れていった。
「最後は、すまなかったな。 ジュネス君。 話に付き合ってくれて、ありがとう。」
「いえ、とんでもありません。」
ジューネスティーンの様子を見て、ツカ少佐も辺境伯の後を追うように去っていた。
「ジュネス。 今の戦術は、軍学校との戦闘訓練に使ったやつだ。」
「ああ、あの時の話を、ここでするとは思わなかったよ。」
ジューネスティーンは、辺境伯とツカ少佐がなんでこんな話をしたのかと考えたようだが、直ぐに考える事をやめてしまったようだ。
「シュレ、折角の祝勝会だ。 何か美味しいものがあるかもしれないから、一緒に何かを貰って食べてみよう。」
「うん。」
ジューネスティーンとシュレイノリアは、辺境伯とツカ少佐が話をしていた事で、周りが遠慮していた。
辺境伯とツカ少佐が去って2人きりになったこの間隙をついて、祝勝会の料理にありつこうとした。
一方、辺境伯の後を追ったツカ少佐が、辺境伯の近くに来ると、辺境伯は、小声でツカ少佐に話しかける。
「モンレムンよ。 あの青年を、うちに取り入れることはできないか? 」
ツカ少佐は、ため息を吐くと答えた。
「彼の能力は、強力すぎるでしょう。 駐留軍にせよ、館で政務につけたとしても、なんでもこなしてくれるでしょうが、問題は、皇帝陛下や帝都の重鎮との対立を生む事になるかもしれません。 もし、彼らを辺境伯領で召し抱えた場合、帝都から彼らを渡せと迫られるでしょう。 直ぐに帝都に行ってしまう事になります。 面倒な事は考えない方が良いと思いますよ。」
「そうだな。 下手な事をして、帝都に目をつけられても困るからな。」
「そう言う事です。 ここは、殿下たちにお任せしましょう。」
「ああ、ツノネズミリスの討伐、サーベルタイガーの討伐と、彼らには、二つも問題を片付けてもらったのだから、それだけでよしとした方が得策だな。」
「364年もの間、この領地を守ってきたのです。 今更、痛くも無い腹を探られるのは、やめた方が良いと思います。」
辺境伯も納得した様子で、ツカ少佐の話を聞いていたので、ツカ少佐は続ける。
「彼らの取り込みについては、殿下にお任せしておきましょう。」
辺境伯が納得したような顔をする。
「そうだな。 帝国と彼らにとって良い方向に進んでもらう事を祈っておこう。」
2人は、そんな事を言いながら祝勝会の会場を後にした。




