剣 〜鞘(さや) 2〜
翌日、ジューネスティーンは鍛治工房に入ると、万力で止めたままの鞘を手に取り接着剤が固まっているか確認し、問題無いと判断すると万力を外し、不要な部分を切り落とそうとノコギリを入れようとして止まった。
「接着剤って、一晩で本当に完全に固まるのか?」
ジューネスティーンは、漏らすように呟いた。
(表面部分は固まったようだけど、内部は大丈夫? もし、内部が固まってなかったら、切り取ったりする間に剥がれるかもしれない)
思い直した様子で、万力手に取ると鞘を押さえると、昨日、鍔側と切先側の残した部分を丁寧に切り落とした。
鞘は剣の形と同じになったが、ノコギリで切った後はささくれが有るので、カンナを当てて綺麗にしようとした。
刃側は、反りによって木目が逆立たないように木目を確認すると、鞘の中央から鍔側へカンナをかけると、ひっくり返して切先側に向かってカンナを入れた。
刃側が削り終わり、峰側に移ろうとしてカンナを当てるのだが、反りの内側に平面のカンナがうまく当たらなかった。
「そうだよな。弦の内側に平面のカンナの刃が当たらないよな」
ジューネスティーンは少し考えると、カンナを斜めに当てるようにした。
平面のカンナでは、内側に反っている峰側は上手くカンナの刃に当たらないのを斜めに当てて削るが理想には程遠く、削り残しが出来てしまった。
鞘の峰側の部分に対しては、今の平面のカンナでは上手く削れないと分かると、ジューネスティーンは、道具を置いてある棚に移動し何か使えそうなものがないか確認した。
そして、目の細かいヤスリを手に取った。
「やっぱり、これしか無いのかな」
そう言うと、カンナの刃が当たらなかった、鞘の反りの内側をヤスリで削り始めたが、目の細かなヤスリなので、カンナで削るように簡単には終わらず時間も掛かっていた。
鞘は曲剣なので、その反りに合わせて作ろうとして峰側が弧の内側になるので、一般的なカンナのような平面を削る道具では削る事ができなかった。
そのため、ヤスリを使ったが、ヤスリでは中々削れず時間ばかりかかってしまっていた。
「このままだと、鞘を作る時間が掛かり過ぎるな。このカンナの削る面が、鞘の弧よりもRが小さかったら、カンナの刃も当たるようになるのか」
ここは、鍛治工房なので、建具屋が持つような道具は多くは無い事から少し嫌そうな表情をした。
「あー、また、購入申請を行う事になるのか」
購入申請については、以前、粘土の購入の際に文句を言われ、一度は購入を断られたが、メイリルダに交渉の方法を聞いて何とか許可を得られていた。
ジューネスティーンは、シュレイノリア程、ギルドに好感を持たれてない事もあり申請の許可も難しかった事から許可を取りに行く事を面倒に思ったようだ。
「あの時は、粘土が欲しいだけだったから、ダメだったけど、使う量を伝えたら許可がおりたんだよな」
ジューネスティーンはボヤくと作り掛けの鞘を見た。
「そうか、この鞘を持って行って、この峰側を削る事ができるカンナを買いたいと言えば申請は通るかもしれないな」
要するに、今困っている内容を正確に伝える事ができたら許可が降りるのではないかと考え、鞘に付けていた万力を外した。
そして、作りかけの鞘に、入れる剣を収めて手に取ると、工房を後にしてギルド支部に向かった。
鞘の未完成な剣を持ってギルドに行くが、時間的に冒険者も殆ど居らず、受付嬢達は事務処理を行なっていた。
受付にはメイリルダの姿は無かったので、ジューネスティーンは、受付に声を掛けることもなく通過していくが、他の受付嬢達はチラリとジューネスティーンを見ると、未完成の鞘を見て直ぐに興味を失った様子で、また、自分の仕事を始めていた。
鞘を見て完成していないとはいえ、鞘が細く反っていたので、直ぐに斬る剣だと理解し、その細さから使い物にならない剣を持っていると思うと興味を無くしていた。
受付嬢達は、冒険者と依頼や魔物のコアの売買を行うので、その際に冒険者の武器についても詳しい者が多い。
場合によっては、鍛冶屋や武器・防具の販売店を紹介したりする事もあるので、自然に武器に関しては詳しくなっている。
そして、ジューネスティーンに対する噂も聞いているので、味噌ッカス程度にしか思っていなかった事もあり、持っていた剣の細さから興味を示す事は無かった。
ジューネスティーンは、そんな視線にさらされつつ受付の奥にある許可を申請する小部屋に入って行った。
購入申請の許可をする小部屋に入ると、前回、粘土の申請の際に、一度拒否した職員が、ドアを開けて入ってくるジューネスティーンを見た。
そして、その手に持った剣を鋭い目で見た。
ジューネスティーンが、その職員の前に来ると、その剣を胡散臭そうに見た。
直ぐにジューネスティーンが持っているものが剣だと理解できたようだが、近づいて、その加工途中の鞘を見て、その鞘の細さが気に食わなかったようだ。
「おい、お前は、購入した素材で、そんな細い剣を1本作っただけなのか?」
あまり、好意的な声ではなく疑問を投げかけるように、そのギルド職員は声を掛けてきた。
「あ、いえ、これと同じような剣を、全部で10本用意できました」
その職員は、胡散臭そうな表情をした。
「お前、そんな細い剣を何本も用意してどうするっていうんだ。そんなだと、一度斬ったら、それで終わり! 直ぐに折れてしまうだろう! そんな細い剣を10本用意するより、渡した材料で1本の剣を作った方が、まともに使えるぞ!」
ギルド職員は、吐き捨てるように言った。
そんなギルド職員に困ったような表情をしつつ、その剣をテーブルの上に置いた。
「でも、そんな太い剣だと、僕程度の力じゃ、まともに振り回せないと思います。それに、この剣だって、少し重いかもって思ってます」
苦笑いをしつつ答えた。
その答えに、ギルド職員は、11歳の少年なら、その通りだと思ったようだ。
「ふん! だから、お前には、レイビアを支給したんだろう。結局、レイビアのような剣を曲げただけなら、渡した軟鉄なら曲がってしまうだろうし、硬鉄なら折れてしまうだけだ!」
ギルド職員は、もっともなことを言った。
「ええ、そうなります。でも、これは、芯鉄に軟鉄を使って、刃の表面は硬鉄を被せるように使ったので、衝撃は芯鉄の軟鉄が吸収して、斬れ味は表面の硬鉄の斬れ味を出せるはずです」
ジューネスティーンの説明を面倒くさそうにギルド職員は聞いていた。
「ふん! それなりに説明はできるようになったようだな。だが、そんな斬る剣なんて、聞いた事がないぞ!」
そう言うと、ギルド職員は、ジューネスティーンの持ってきた剣を手に取ると加工途中の鞘を気にしつつ剣を鞘から抜いて掲げた。