剣 〜研ぎ 鏡面仕上げの前に〜
ジューネスティーンは、仕上げの砥石を使って剣の刃を作った。
それは、一般的な包丁ならば、肉でも魚でも十分に切る事が可能な程に仕上がっている。
刃から鎬にかけての面は、指で触れた程度では多少ザラいつているかと言うようなレベルに仕上がっている。
「ジュネス。その剣だが、今の状態で綺麗にしてもらえないだろうか」
シュレイノリアは、砥石で擦る事で出てきた研ぎ粉で汚れた剣を見てジューネスティーンに提案した。
シュレイノリアも今の段階の研ぎ上がった剣を確認しておきたいと思ったようだ。
ジューネスティーンは、布を左手で取ると、右手で剣の茎を持って、茎側から切先の方に、峰側から包むようにして拭いていった。
ただ、布で拭いた程度では研ぎ粉が残るので、剣を何度か建具に剣を戻して、布を洗ってから研ぎ粉を拭き取っていった。
ジューネスティーンが、剣を拭き終わると、また、かざして様子を確認していると、その間も、シュレイノリアは剣の紋様を眺めていた。
「この状態でも、紋様は綺麗に見えているね」
ジューネスティーンは、シュレイノリアに声をかけた。
「ああ、刃から鎬にかけては、粘土を塗ってなかったからな。刃から数ミリは、白っぽいけど、そこから鎬までの紋様は面白い。焼き入れの時に刃を下にしたから、刃は先端から数ミリのところまでは、完全に焼きが入ったのだろうけど、そこから先は、水蒸気の泡が駆け上がったことで焼き入れのムラができたから、そのムラが、こんなに綺麗な紋様を作るとは思ってもみなかった」
シュレイノリアは、何だかウットリするような様子で答えていた。
剣を曲げる方法を焼き入れの入り方で曲げようと提案し、その結果、泥を塗って焼き入れを遅らせた方が、結果的に縮んだようになり綺麗に反ってくれた。
そして、焼き入れの際に急激に蒸発した水蒸気によって剣の表面に紋様が現れた。
シュレイノリアとしたら、自分の提案によって、思わぬ幸運をもたらしたと思う程に、この紋様が愛おしく思ったようだ。
「この竜巻のように、刃側から鎬側に出ている紋様は、ここを焼き入れの時に水蒸気の泡が、刃から峰に向かって走った跡なんだろうな」
「そうだな。峰側の色と比べると、わずかに黒っぽい部分は、焼き入れが、泡によって甘くなったのだろうな。でも、刃から5ミリ近くは、綺麗な明るい色をしているから、刃の先端部分は綺麗に焼き入れが入ったと考えていいだろう」
ジューネスティーンの話を聞いて、シュレイノリアは、また、嬉しそうな表情になった。
刃の先端から、約5ミリの部分までは明るい色をして、そこから鎬にかけては、縦に竜巻のような紋様が何本も入っていた。
わずかに、切先側の4分の1の峰側は、粘土の泥を刷毛塗りしただけだったので、気がつくか気がつかないか程度の紋様が現れているみたいだが、それにおいて、シュレイノリアは気にする様子は無かった。
しかし、ジューネスティーンは切先をジーッと見ていた。
そこには、わずかに刃側に出ていた竜巻のような紋様が見えていた。
それは、なんとなく見ただけでは見逃してしまうほど、わずかな違いだった。
このわずかに、うっすらと浮き出た竜巻のような紋様から、ジューネスティーンは、次に塗る泥の厚みを考える材料に出来たようだ。
そのジューネスティーンの気にした峰側の紋様は、切先から4分の1には出ているのだが残りの4分の3には無い。
(もう少し刷毛塗りの粘土の量を増やしたら、この僅かに出た竜巻みたいな紋様も無くなるっぽいな)
ジューネスティーンは、この違いから、泥の塗る量について、考えがまとまったようだ。
剣を見つめつつ納得したような表情を浮かべていた。
この状態で、鍔と柄を付けて、剣として仕上げても問題は無いのだが、ジューネスティーンとシュレイノリアは、この剣を鏡面仕上げまで持っていこうとしている。
それは、この剣に浮きてている紋様が、鏡面仕上げまで持っていった場合、どこまで変わってくるのかを見極めようとしているのだ。
技術というのは、どこで、新しい何かを発見するか分からない。
何気なく行った事が、その後に大きな影響を与えることもある。
余計な事だとしても、気が付いた事を実験して結果を頭に入れておけば、何かの役に立つ事もある。
気が付いた事は、全て行うから新たな情報が増え、そして、見えないものが見えてくる。
その経験によって、1000分の1の確率が1000分の2に上がるかもしれないし、100分の1まで上がるかもしれない。
しかし、何もしなければ、1000分の1の確率は、10万分の1に下がるし、場合によってはゼロになることもある。
2人は、経験を積むことで、その小さな確率を少し少し上げるために、不要かもしれない鏡面仕上げを行おうと考えていたのだ。
ジューネスティーンとシュレイノリアの2人は、その事には気がついているようでは無いが、ただ、その事を行うことで、何かが見つかるのではないかと考えるように仕上げの砥石で研いだ剣を眺めていた。




