剣 〜焼き入れの紋様〜
1本目の剣が綺麗に峰側に反ったことから、この剣を最後まで仕上げたいと思った。
この後、柄も鞘も鍔も、それ以外に必要となる部品も有るが、この後の工程を終わらせて、どんな完成形になるのか、焼き入れの結果が良過ぎたことで欲が出てきた。
そして、それはシュレイノリアも同じように思っていた。
上手く焼き入れができたことで、お互いに欲が出たのだ。
「なあ、ジュネス。この剣だが、本当に上手くいったな」
ジューネスティーンとシュレイノリアは、建具に乗せてある剣を見ていた。
「ああ、これなら次の剣からは使い勝手を考えて、反りの入り方を調整できると思う。正確に調べてはないけど、中央から柄側の4分の1の反りの違いと、中央部分から柄側と切先側の4分の1の反り方を比較してみると、どうも、必要以上に粘土の泥を乗せても、反りはこれ以上大きくならないみたいだからな」
「ああ、そうか。粘土の泥を乗せる量の限界か。そうだな。この反りの様子を見ていたら、ジュネスの言うとおりかもしれないな」
ジューネスティーンの意見にシュレイノリアも納得したように答えた。
反りは、今後、斬る為の剣を作るために良いデータが取れたようだ。
今回の剣の焼き入れによって、大きな前進が有ったことから、最初に焼き入れをした剣を次の工程に進めようと考えていた。
「とりあえず、この焼き入れをした剣を研いでみるよ」
「そういえば、この焼き入れをする前にも剣を研いでいたんじゃないのか?」
「ああ、焼き入れをした後に研ぐ量は、極力抑えようと思ってたから、焼き入れの前ても、それなりに斬れるようにはしておいたんだ。焼き入れの後に研ぎを入れるのは、最小限にした方が硬い部分が減らないと思ったんだ。せっかく硬くしたんだから、少しでも削る量は減らしたいからね」
その話を聞いて、シュレイノリアは考える仕草をした。
それは、ジューネスティーンの言った事を自分でも考えたようだ。
「そうだな」
ジューネスティーンの言う事は、もっともだと思ったようだが、シュレイノリアには、それ以外にも何か考えるものがあったようだ。
「それに、この剣だけど、刃側に、何だか紋様が入っているんだ。これ、どうなっているか、峰側も良く見てみたいな」
シュレイノリアの言葉に、ジューネスティーンも剣の刃をよく見始めた。
そして、粘土の泥が固まって付いている部分を指で落としだした。
大きく残っていた粘土の泥の塊を落とし、残っている粘土の泥は表面に微量に付着しているだけとなっていた。
その残った泥は、指で弾けるような大きさではなく、かなり薄くムラになっており布で擦らないと取れそうもなかった。
その、わずかな粘土の泥とは別に剣の地金が見えている。
その泥を乗せた部分には紋様は刻まれてないが、刃側には紋様が刻まれていた。
それは、波打つのではなく、焼き入れの際に水蒸気が剣の表面を上るように、泡が上がった跡のようにも見えた。
焼き入れの際に沸き上がった水蒸気が紋様を産んだのなら、その影響が粘土で覆われた峰側がどうなっているのか気になったのだ。
水面に対して、水平に剣を入れたことにより、水蒸気の泡は刃に対して、ほぼ、垂直方向に上がる。
それが、剣の刃と垂直に上がる泡によって紋様が作られたのなら、その様子も剣の裏と表でどんな違いがあるのか気になり確認した。
「これ、この紋様だけど、裏と表で同じじゃないね」
ジューネスティーンが感想を述べると、シュレイノリアもその紋様を確認するように剣を見たので、ジューネスティーンは持っている剣を、シュレイノリアにも分かるように、一度その面を確認させてから裏返して見せた。
すると、シュレイノリアも納得するような表情をした。
「そうだな。これは、きっと、焼き入れの時に、水が蒸発する事で出た泡が、剣の表面を伝って峰側に上がったんだろう。その時に泡の道ができたんじゃないか? 泡が剣と水の間に有れば、その分、焼き入れは入りにくくなるはずだ。それは、焼き入れを遅らせている粘土の泥と同じ現象になるはずだ」
そう言うと、シュレイノリアは、剣の峰側と同じような色をしている部分を指差した。
「この少し、色が黒っぽい部分が、泡が上がっていった場所のはずだ」
そう言って、わずかに色の黒っぽい部分を点々と指差した。
そして、剣は、刃から5ミリ弱は、色が峰側より明るい色となっていた。
刃側は綺麗に焼き入れが入り、上がった泡の影響によって刃から鎬に掛けて紋様が入っていた。
「うん、この紋様を確認してみたいよね。ひょっとしたら、この紋様を上手くコントロールできたら、見た目も綺麗になるかもしれないね」
そのジューネスティーンの感想を聞いてシュレイノリアも納得するような表情をした。
「刃は硬く、そして、芯は柔らかいのだから、鎬から刃側に刻み込みたい紋様を刷毛塗りで、鎬から刃側に紋様になるように描いたら、きっと、上手く紋様になると思えるな」
その様子を聞いていたシュレイノリアが何か思いついたようだ。
「ああ、そうだな。もし、鎬側から刃側にかけてだが、波打つように描いたら、波打ったような紋様が出るかもしれないな」
シュレイノリアの話を聞いて、ジューネスティーンも考えた。
「そうだね。焼き入れの時に蒸発する水蒸気の泡を上手くコントロールできるかもしれないな」
そう言って、焼き入れを行ってない剣を見ていた。
焼き入れによって、剣を曲げる事が出来た事で、次に焼き入れをする際に、どんな紋様を作れるか考え始め、面白そうだと思ったようだ。
「ジュネス。焼き入れ、また、面白そうな事が考えられそうだな」
2人は、焼き入れに新たな可能性を見出し、新しいオモチャを手に入れたような表情をしながら焼き入れ前の剣を見ていた。