剣 〜焼き入れ 3〜
シュレイノリアは、水桶の中に剣が入った瞬間、切先が沈んでいくところを見た事で驚愕した。
峰側に反るなら理想的だと思っていた時、ジューネスティーンが、剣を水桶の水面に並行になるようにして、そのまま沈めたその瞬間、僅かに剣の切先が深い方に曲がったように見えた。
その後は、水蒸気によって視界が悪くなり、更に、水蒸気が上る事で水面が波打ち、焼き入れをしている剣が水中でどうなっているか見えなかった事で、シュレイノリアの不安は頂点に達していた。
水中で焼き入れにより剣の温度が下がり表面から水蒸気が小さくなり、徐々に視界は良くなったが、最初の印象が強く残った事により水面下の様子を冷静に見ることは出来ていなかった。
水面から上がった後は、自分の目を疑う程だったのだ。
ジューネスティーンが、峰側に反っている事を告げて、初めて望んでいた方向に剣が反った事に気が付いた。
最初はアイデアが失敗したと思ったので、その後の対応策を考える必要に迫られたと思ったのだが、その思いにより、シュレイノリアは思考が停滞してしまっていた。
シュレイノリアは、次の対応策を考える必要があると考えていたのだろうが、逆に反ってしまった事が大きなショックになってしまった。
そして、そのショックによって、次のアイデアを出そうにも印象が大きかったことで、その焼き入れの時間では考えられなかった。
そんな短期間で物事が考えらるのなら開発者は苦労しない。
新たな発見を受けるのであれば、ここで、反り方が逆だったとしたら、また、2人で考えれば、それで終わる。
新たな対策に数日掛けても構わないのだが、気が動転していたシュレイノリアには、そこまで思いがよらなかったようだ。
そこに成功したと言われたので、思考停止の状況で自分でも水桶の上に翳された剣を確認すると、確かに峰側に反っていたので、失敗したと思ったものが実は成功しており、理想的に峰側に反っていた事で一気に気が抜けてしまった。
シュレイノリアは、焼き入れを行う時、素材の変化が伸び縮みに影響を及ぼすだろう事を提案した。
その提案したシュレイノリアとしたら、アイデアだけをジューネスティーンに提供しただけで、実際に実験をするのはジューネスティーンであって自分ではない。
自分自身で考えて実験するなら、それだけで終わるだろうが、シュレイノリアは、何も手を出す事ができない状況で結果を見ているだけだったことも緊張とリラックスのギャップが大きすぎた。
そのやり切れなさが、ジューネスティーンへの行動となって現れたのだ。
シュレイノリアは、尻餅をついたジューネスティーンに抱きついている。
その表情は至福に満ちた表情だった。
「よかった。一時はどうなるかと思ったが、理想と思っていた方向に反ってくれた。これで、剣の事は一安心だな」
ジューネスティーンの胸の中に顔を埋めつつ嬉しそうに語りかけた。
それを聞いてジューネスティーンも、突然想像も付かない行動にでたシュレイノリアが、嬉しさの裏返しのような態度をとったのかと思ったようだ。
そして、シュレイノリアの頭を軽く撫でてあげた。
「そうだな。これで一番心配だった部分もクリアーできたのだから、後は、丁寧に研いでしまえば、剣として使う事ができるよ」
シュレイノリアは、嬉しそうな表情をしていた。
自分のアイデアが、こんなに上手くいくとは思っていなかった事もあって、ジューネスティーンの一言一言がとても気持ち良く聞こえていた。
すると、ジューネスティーンは、視線を作業台の上に向けるのだが、尻餅をついた状態では作業台の建具に乗っている剣がよく見えないので立ち上がろうと体を動かした。
シュレイノリアは名残惜しそうにするが、ジューネスティーンと一緒に立ち上がった。
ただシュレイノリアは、そのまま、抱きついたままで、ジューネスティーンの見るものを一緒に確認しようとした。
今の事で、焼き入れを行った剣も手で握っても火傷をしない温度になったことを確認した。
そして、焼き入れを行った剣と行う前の剣を見比べていた。
それは、次に何を行おうか、この成功によって今後の予定をどうするのか、焼き入れの終わった剣を次の工程に進めるか、それとも、別の剣を焼き入れするか考えていた。
「ジュネス? どうかしたのか?」
「ああ、これから先の事を考えていた」
シュレイノリアは、ジューネスティーンの様子を確認しつつ、視線が焼き入れが終わった剣と焼き入れ前の真っ直ぐな剣を交互に見ていたことから、シュレイノリアもジューネスティーンが何を考えているのか理解できたようだ。
「この出来上がった剣の反り方なんだが、切先は、大して反ってないけど、それが、徐々に反りが強くなっているんだ。なんだか、とてもいい感じに見えるんだ」
ジューネスティーンは、この最初に焼き入れをした剣がとても気に入ったようなので、その表情を見ていたシュレイノリアにも伝わったようだ。
「なあ、ジュネス。もう、この最初の焼き入れをした剣を最後まで仕上げてみないか。この後、最終工程まで行なって、問題が無ければ、次の剣に、それを反映させれば良い」
ジューネスティーンは、今すぐにでも剣として使ってみたいという衝動もあったので、シュレイノリアの、その提案を聞いて鼻をヒクヒクさせていた。
「そうだな。この後、研ぎの時とか柄を付けて鞘を作る。それに、鍔とか、小物も必要だからな。この最初の剣で、この後の全部の工程をチェックしておいた方がいいよね」
ジューネスティーンは、嬉しそうにシュレイノリアに答えた。