剣 〜焼き入れ 2〜
シュレイノリアは脱力してへたりこんでしまったのだが、ジューネスティーンには、それが何でなのか理解できずにいたので不思議そうにシュレイノリアを見た。
それよりも焼き入れに成功した剣を常温に冷ますため作業台に置いてある建具に乗せた。
へたりこんでいるシュレイノリアと焼き入れの成功した剣と、優先順位を考えたら剣を手に持ったままシュレイノリアに何か声をかけるより、剣を置いて何も持たない状態の方が良いと判断したようだ。
人が金属を触れる温度は高くはない。
プラスチックや木材のような物なら、多少高くても問題無いが、金属は同じ温度でも熱く感じるので、剣の温度が十分に下がるまで直接手で触れるのを待った。
ジューネスティーンは建具に剣を置き、そして、剣を持つために使ったペンチを建具の脇に置くとシュレイノリアを見た。
「シュレ、お前、どうしたんだ? 反る方向が峰側だったのだから、実験は成功だったじゃないか。焼き入れを遅らせる側に反ったのだから、願ったり叶ったりだろ?」
ジューネスティーンは、剣の反った結果を見て話をした。
それは、シュレイノリアが、なんでそんなに脱力するような事があるのか、ジューネスティーンには理解できなかった。
「ははは」
シュレイノリアは、苦笑いをしながらジューネスティーンを見た。
「どうした?」
ジューネスティーンは、シュレイノリアが脱力する程になってしまったことが理解できないのでたずねたが、今の状態で何か話すとは思えなかった事から、落ち着くまで黙って様子を伺うようにしていた。
そんなシュレイノリアは、気持ちを落ち着かせようとしたのか深呼吸を一つ二つとした。
その呼吸は、とてもゆっくりだったので気持ちが落ち着くには丁度良かったようだ。
「剣が水に入った瞬間、刃側に反ったんだ」
それを聞いて、ジューネスティーンは、本当かというような表情をした。
シュレイノリアは、焼き入れの際、側面から剣が水面に入るところを見ていた事もあり剣がどうなっているのか良く見えていた。
「その後、水蒸気の泡で水面が揺れたから、よく見えなかった。水の中に入ってから出るまで、この方法だと刃側に反るのだとズーッと思っていたんだ」
ジューネスティーンは、熱せられた剣に神経を集中していたのでシュレイノリアの表情を確認する事は無く、持っていた剣は縦方向だった事と、入った瞬間の水蒸気で水に入った時の反り方を確認できずにいた。
しかし、シュレイノリアは剣が水桶に入った瞬間、水温に熱を奪われ熱収縮が早い刃側が先に縮んでしまい、入れた瞬間だけ見えた刃側に反った剣が目に焼きついてしまっていた。
その瞬間、逆に反ると思い対策をどうやって利用するか、考えを巡らせていたので、焼き入れのために水桶に剣が入っている時間が長く感じていた。
水蒸気が無くなり水面が安定しても、水の中に入った瞬間の印象が強かった事もあり、冷静に水中の剣を見る事ができなかった。
そして、水面から出た後の反り具合を確認すると、水の中に入った瞬間とは逆に峰側に反っていたので、ホッとして力が抜けたのだ。
「ふーん、そうだったのか」
ジューネスティーンは、シュレイノリアの言葉を聞き流すように返事をした。
「でも、この結果は、本当に助かるよ。焼き入れをするだけで思った方に曲がってくれるなら、刃は硬くできるし斬るために反りもできる。こんなに都合よくできたのは本当に助かるよ」
ジューネスティーンは、この幸運が今後の剣作りに大いに有効だと判断できた事を満足そうに話しつつ、次に焼き入れを行おうとしている剣を見た。
そして、何か物色するような表情をすると、今、焼き入れを行った剣を見ながら顔を近づけていった。
焼き入れが終わって、剣の峰側に残っている粘土を軽く指で擦るようにして落としていった。
粘土は、所々浮き上がったようになっているので、それを爪で引っ掛けて剥がした。
熱膨張と急激な熱収縮を行ったことで、膨張率の違いからボロボロになっていたので簡単に剥がれた。
「しかし、こんなに上手くいくとは思わなかったよ」
ジューネスティーンは、剣の反り具合を確認しつつ、剥がれかかった粘土を剥がしながらつぶやいた。
そして、作業台の反対側にまわって、今剥がしていた面とは反対側に移動すると、その時、シュレイノリアの顔が視界の中に入った。
シュレイノリアは、ジーッとジューネスティーンを見ていた。
そして、徐々に表情が険しくなっていった。
反対の面の粘土を軽く指で擦るように剥がしていたジューネスティーンも、流石にシュレイノリアの表情が気になり、作業する手を止めてシュレイノリアを見た。
「どうしたんだ? そんな険しい顔をして?」
ジューネスティーンは、不思議そうにシュレイノリアに問いかけると、シュレイノリアは立ち上がった。
すると、ジューネスティーンの側にスタスタと歩いてきたと思うと、ジューネスティーンのお腹に軽くグーパンチを入れた。
「えっ! な、なんだよ」
シュレイノリアの態度が、ジューネスティーンには理解できずに思わず聞いた。
すると、シュレイノリアは、反対側の腕で、また、グーパンチをジューネスティーンのお腹に入れた。
今度は、さっきより少し強かった。
「おい」
黙ってグーパンチを入れるシュレイノリアに、ジューネスティーンは困ったように声をかけると、シュレイノリアは、また、グーパンチを入れると左右を連続して入れ出した。
ジューネスティーンは、お腹に力を入れて耐えるのだが、何度も同じように打ってくるシュレイノリアに辟易していた。
そして、シュレイノリアの手を自分の手で押さえるようにしてパンチを抑えると、シュレイノリアは自分の体をジューネスティーンに預けてきたので、ジューネスティーンは後ろに尻餅をついた時に手を離していたので、シュレイノリアの手はジューネスティーンを抱いていた
「良かった」
シュレイノリアは、一言、ジューネスティーンに告げた。




