カインクムとフィルランカ
カインクムは、ユーリカリア達を見送ると、ドアノブに「閉店」の札をかけて、鍵を閉めてしまった。
カウンターの椅子に腰を下ろすと、入口の扉をジーッと見ていた。
「あら、ユーリカリアさん達、もう、帰られたのですか。」
カインクムに預かった中銀貨5枚を金庫の中に入れて戻ってきたフィルランカが、店の中を見渡して、ユーリカリア達が居なくなっている事をカインクムに聞いた。
「きっと、すぐに、魔物を斬ってみたいんだろ。 冒険者とは、そんなもんだ。」
黄昏気味にカインクムが答えた。
「そうよね。 新しいおもちゃをもらった子供みたいな顔をしていたわね。 裏庭での試し斬りも本当に楽しそうだったわ。」
「・・・。」
フィルランカは、黙っているカインクムの様子を見て、困ったような表情を向けた。
ただ、フィルランカは、すぐに表情を戻す。
「今回の剣は、本当に思い入れがあったのね。 作っている時から、本当に精魂込めて作っていたものね。」
「・・・。」
フィルランカは、黙っているカインクムに、話かているのだが、カインクムは、ただ、入口の扉を見つめるだけだった。
「あなたの思いは、きっと、ユーリカリアさん達が、引き継いでくれます。」
そういうと椅子の後ろから、フィルランカは、カインクムを抱き締める。
「ねえ。 エルメアーナの剣は、どうだった? 」
「・・・。」
カインクムは、表情を変えた。
エルメアーナの剣を思い出すと、若干、ムッとした様子を示した。
(やっぱり、反応したわね。)
フィルランカは、カインクムの表情から、しめたと思ったようだ。
「ねえ。 ユーリカリアさん達は、Aランクのパーティーよ。 そのパーティーが、気がついたら、全員が、剣を使っているのよ。 あなたの剣に惚れ込んだ証拠よね。」
「・・・。」
「とても良い剣だから、あのパーティーの人達は、全員が、剣を使うようになったのよ。 その人達が、ギルドで、狩場で、それに道を歩いているのよ。 あなたの剣を腰に下げて。」
カインクムにも、その意味は分かる。
そのために、フィルランカに内緒で、ユーリカリア達に宣伝費として、1人、中銀貨2枚を渡しているのだ。
「周りの人が、ユーリカリアさん達の腰の剣を見て、どう思うのかしら。」
カインクムの考え通りだったら、ユーリカリア達は、良い宣伝塔になってくれる。
「ねえ、エルメアーナは、とんでもない量の剣の受注を受けて、四苦八苦していたらしいじゃないの。 南の王国は、この帝国よりは、低レベルの魔物なのよ。 あっちは、帝国より稼ぐのが大変な場所なのに、それでも、エルメアーナの剣を欲しいと、エルメアーナの店に冒険者が来たのよ。」
カインクムは、帝国の冒険者と、南の王国の冒険者について、自分の知識の中にも、同じような考えがあった。
新人が育つ環境ならば、魔物もそれなりなので、コアの買取価格も低いので、帝国で稼ぐより、より多くの魔物を狩る必要があるので、同じ金額を稼ぐにも、帝国で狩をするより長い期間がかかる。
収入も低く、蓄えも多いとは思えない冒険者達が、我先にとエルメアーナの店を訪れたのだろうと、想像がつく。
それなら、帝国はどうだろうか。
ランクの高い魔物が多く、そんな魔物のコアも高額取引をされている。
上位ランクになって、帝国に来る冒険者は、その高額報酬を目当てで来るのだ。
ならば、帝都のギルド支部の近くに店を構えている、カインクムとしたら、それ以上の受注の可能性があるのだ。
(カインクムさんは、市場の規模を、あまり、詳しく考えてないみたいだわ。)
「ユーリカリアさんの持っていた、エルメアーナの剣の評価は聞いた? 」
カインクムは、少し黙っている。
その時の話を思い出していたのだ。
「ああ、俺の剣と遜色無いと言われた。」
フィルランカは、笑顔になる。
「やっと、答えてくれた。」
耳元でそう囁く。
「あなたの剣も、エルメアーナの剣も、同じなのよ。 だったら、これから、あなたにも、同じ事が起こるとは思わない? 」
「・・・。」
「これから、あなたは、もっと、彼女達に売った剣を作る事になるのよ。 剣は、冒険者達が、一番欲しがるものなのよ。」
カインクムは、フィルランカに抱えられていた手に自分の手を添える。
「ありがとう、フィルランカ。 そうなんだ。 あれが、最後に作る剣じゃないんだったな。」
「そうよ。 これから、あなたは、今日の5振以上の剣を作らなければならないのよ。 これからは、もっと、いいものが作れるかもしれないのよ。 そんな事を考えたら、黄昏てないで、次の剣の事を考えなければいけないんじゃないの? 今日の剣の出来上がりは良かったけど、まだ、改善の余地は無かったのかしら? エルメアーナの剣を見て、あなたの剣に組み込めるノウハウもあったんじゃないですか? 」
カインクムは、そのフィルランカの言葉で、何かを思い出したようだ。
(そうだ、あの剣には、刃に流れるような波の紋様が有った。 あれは、何だったんだ。)
カインクムの表情が変わった。
「ねえ、あなたの剣、まだまだ、進化するんじゃないの? 」
「あ、ああ、確かにそうだ。 確かに、俺は、まだ、6振しか、あの剣を作ってない。 エルメアーナの剣には、俺の剣には無い美しさもあった。」
カインクムは、新たな課題が見えてきたようだ。
カインクムが、黄昏状態から気持ちの切り替えがなったことで、フィルランカは、ホッとする。
「まだ、俺は、エルメアーナに負けるわけにはいかないからな。」
それを聞いてフィルランカは、笑みを見せつつ、抱いている手にも力が入った。
「じゃあ、反省会だ。 俺の剣と、見たエルメアーナの剣、忘れないうちに、次の課題をピックアップしておくよ。」
「はい、そうですね。 それは、早い方がいいですね。」
カインクムは、椅子から立ち上がる。
その動きに合わせて、フィルランカは、手を離していく。
カインクムが、立ち上がると、フィルランカも手を下ろした。
カインクムは、振り返る。
「フィルランカ、ありがとう。」
黄昏ていた気持ちを、フィルランカが、また、新たな剣に取り組むための勇気を与えてくれた。
その事にカインクムは、感謝する。
「いいえ、どういたしまして。 あなたを支える事は、私の役目です。 エルメアーナが、戻ってくるまで、私がしっかり支えさせてもらいます。」
フィルランカには、カインクムの娘であり、親友であるエルメアーナの事はとても大事な事なのだ。
その事を考えれば、今、ここで、カインクムに黄昏ていられては、エルメアーナに対して、申し訳が立たない。
そして、自分を育ててくれて、学校に通わせてくれたカインクムに対して、返しきれない恩を考えれば、フィルランカの対応は、些細な事にしか思えないと感じているようだ。
「今晩の料理は、期待していてください。 あなたが、これから、知恵を絞って、エルメアーナの剣を遥かに超える何かを探すのでしょうから、その分を、目一杯補充できるように、精魂込めて料理しておきます。」
(今日は、据え膳まで、たっぷり、食べさせてあげるわ。)
フィルランカは、一瞬、不敵な笑みを浮かべるのだが、すぐに、いつもの笑顔を向ける。
「ああ、じゃあ、夕飯まで、しっかりと反省会をしてくるよ。」
そう言うと、カインクムは、店の奥に消えていく。
フィルランカは、カインクムの後を追って、店の奥に、そして、キッチンの食材を確認してから、買い物に出掛けていった。




