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剣作りの仕上げと2人の儀式


 剣は、形に仕上げるだけでは終わらない。


 研いで、剣の刃を入れると、その後は、鞘・鍔・柄等を取り付けるのだが、それにも様々なパーツも工程もある。


 それを一つ一つ丁寧に加工して、組み立て、剣の形にした。


 それを、一本一本確認するように眺めては、台に戻していく。


 カインクムは、久しぶりに多くの剣を量産した。


 通常ならば、一度に1本の剣しか受けないのだが、今回は、ジューネスティーンのパワードスーツの組立の合間に作っているので、急いで作る必要があったので、無理をして量産体制をとった。


 同じ工程を連続して行うことによって、別々に行う工程を同時に行うことで短縮させたのだ。


 ただ、この方法は、温度管理がシビアな鍛治仕事には、本来は向いてないので、あまり行わないのだ。


 ヴィラレット用の剣を作り、斬れ味にユーリカリア達が惚れ込んだのを見て、カインクムとしても、残りの5本の剣を早く作って、完成品を見てみたかったのだ。


 そのために、無理をして一気に5本の剣を量産したのだ。


 剣が出来上がり、その剣にそれぞれのパーツを取り付けていく工程は、最後の完成となるので、カインクムにとって、至福の時なのだ。


 最後のパーツが組み終わって、その出来栄えを見るのが、とても楽しみなのだ。


 その全ての工程が終わり、改めて剣の出来栄えを確認する。


 外の太陽の光に照らして、剣を見るのだが、その剣の表情が、なんとも言えない輝きを見せているのだ。


 それが、いい出来だった時は、受注した剣だとしても、手元においておきたくなる衝動に駆られる。


(これが、娘を嫁に出す感覚なのかもしれないな。)


 カインクムは、太陽の下で一本一本の剣の出来栄えを確認していた。


 そして、振って見る。


 それぞれの好みに合わせて作っているので、カインクムの体にはしっくりこない部分もあるが、その時の振った時の感覚から、クライアントを思い浮かべて、剣の重心の動きを、イメージしてみるのだ。


 身長差による影響、腕の太さなどを思い浮かべて、クライアントがどんな感じで使うのかをイメージする。


 それを思い浮かべて、自分が剣を振ってみてどうなのかを考えていく。


 それぞれに対する剣の重心バランスを確認し終わる。


 そして、その剣を戻す時、なんとも言えない寂しさを感じるのだ。


 それは、丹精込めて作った剣が、自分の手元から離れていく事を意味する。


 クライアントが、店に来れば、その件は、支払いを済まされて、カインクムの手から離れていく。


 それが、自分の納得する出来の剣ならなおのこと、寂しさを覚えるのだ。


(これは仕事と割り切っているのだが、こうやって丹精込めて作ると、特に、今回は、5本一緒だったからな。)


 カインクムは、なんとも言えない寂しさを感じていた。




 工房に剣を戻すと、カインクムは、店番をしているフィルランカの元に行く。


「フィルランカ。 少し出てくる。」


 カインクムは、少し寂しそうに言うので、フィルランカは、気になったようだ。


「どうかしましたか? 」


 フィルランカが、心配そうに声をかける。


「ああ、ユーリカリア達の剣が出来上がったのでな。 金の帽子亭に行ってくる。 この時間だと、狩に出ているだろうから、宿の人に伝えておく。」


 それを聞いて、フィルランカは、安心したようだ。


「そうでしたか。 おめでとうございます。」


 フィルランカは、剣の完成を祝う言葉をカインクムに伝えた。


 だが、カインクムは、少し寂しそうにしている。


「じゃあ、行ってくる。」


「行ってらっしゃいませ。」


 フィルランカは、カインクムを送り出す。


 すると、直ぐに店を閉めて、リビングに行ってしまった。




 フィルランカは、カインクムの様子から、今晩の料理を考えていた。


 カインクムは、剣の出来が良かった時ほど、完成後に寂しそうな表情をするのだ。


(きっと、今回も良い出来だったんだわ。 だから、ユーリカリアさん達に渡すのが、少し寂しく思っているのだから、今日は、カインクムさんの好きな物を用意してあげないと。)


 カインクムが剣を完成させた時の儀式のようなものなのだ。


 最初は、なんで、完成した後に寂しそうな顔をするのか、フィルランカには理解できなかったのだが、本当に良くできた時のカインクムは、その剣が自分の半身のように思えるのだと理解できてからは、そうやって、カインクムのために美味しい料理を作ってあげるのだ。


(そうよ。 今回は、5本も一緒に作ったのだから、とても、苦労してたわね。 だったら、本当に、娘を嫁に出すような感覚なのかもしれないわ。)


 フィルランカには、カインクムを癒してあげる方法は、カインクムが好きな料理を食べさせて、少しでも癒してあげるだけなのだ。


 少し日は高かったが、旦那様であるカインクムに自分ができる精一杯の事をするために、店を閉店にして、夕飯の支度をするのだった。


 今ある食材を確認して、足りない分を買いに行く。


 こんな時のカインクムは、どこかで物思いに耽ってから家に戻るので、店に戻ってくるまで時間がかかる。


 フィルランカは、急いで、買い物カゴを用意すると、裏口から出て、鍵をかけると、急いで、市場に出かける。


 そして、必要な食材を手際よく購入していく。


 いつもなら、その店の店主と軽い雑談をするのだが、今日は、カインクムを祝うので、ほとんど無言で、食材の名前と量だけを伝えて代金を払うと、直ぐに店を出る。


「あんた、今のは、フィルランカちゃんじゃなかったのかい? 」


「ああ、フィルランカちゃんだった。 でも、あの様子は、きっと、カインクムさんが、剣を完成させたんだよ。 だから、今日は、いつもよりいい部位を買ってくれたよ。」


「ああ、カインクムさんの剣の完成なの。 だったら、フィルランカちゃんは、少しでも時間が欲しいわけだ。」


 店の人というより、市場中でカインクムが剣を完成させた時は、フィルランカの反応で直ぐにわかってしまうようになっていた。


 なので、こんな時には、余計なことをフィルランカに話しかけないのだ。


 歳の離れた仲良し夫婦を快く思っている市場の人たちは、その時は、いつもの食材より高い食材を買ってくれるので、それも楽しみなのである。




 フィルランカは、大急ぎで食材を買って家に戻ると、リビングと店と工房を確認する。


 カインクムは、やはり、まだ、戻ってなかった。


 カインクムの不在を確認すると、キッチンに入って、一気に食材の加工と、買ってきたワインを適温に冷やす。


 そのワインを見て、フィルランカは少しニヤリとする。


(ちょっと、奮発してしまったけど、今日は、5本の剣が完成したのだから、構わないわ。 きっと、これにあう料理を用意してあげるわ。)


 フィルランカは、食材を手際よくカットして、丁寧に調理していく。


 そして、数種類の料理を作っていくのだった。




 カインクムは、陽が落ちて暗くなり始めた時に戻ってきた。


「ただいま。」


 カインクムは、気の抜けたような声でフィルランカに帰った事を伝えると、リビングの自分の席に座った。


 すると、そこにフィルランカが、グラスに食前酒を用意してくれた。


「お帰りなさい。 これを飲んでいてください。 今、夕飯を持ってきます。」


「ああ、ありがとう。」


 フィルランカは、暖かい笑みでカインクムと目を合わせてから、キッチンに向かうと、準備していた料理を運んで、テーブルに並べていった。


 それをカインクムは、眺めつつ、フィルランカの出してくれた食前酒を飲んでいた。


 食事が運ばれると、フィルランカもテーブルに着く。


 そうして、新しいワインを持ってきて、そのワインを開けると、新しいグラスにそのワインを注いだ。


 カインクムは、その様子をボーッと眺めているだけだった。


 フィルランカは、自分のグラスにもワインを注ぐと、ボトルを戻してワイングラスを持つ。


「旦那様。 剣の完成、おめでとうございます。」


「ああ、なんだ。 わかっていたのか。」


「当たり前です。 旦那様が、気に入った剣を作れた時は、いつもこんな感じですから。 すぐに分かります。」


 そう言って、笑顔をカインクムに向けた。


 カインクムは、フィルランカが新しいワインを注いでくれたグラスを取るとフィルランカの方に向ける。


「ありがとう。 これも、フィルランカ、お前のおかげだ。」


 そう言って、グラスを軽く当てて、2人でワインを飲む。


 カインクムは、一口ワインを飲むと、グラスを置く。


 そして、フィルランカの作ってくれた食事に口をつける。


 一口食べると、また、直ぐに口に入れる。


 その速度が徐々に上がっていく。


 そして一心不乱にフィルランカの料理を食べるのだった。


 フィルランカは、そのカインクムの食べっぷりを見るのが、とても至福の時なのだ。


 美味しいと言われるよりも、その食べっぷりが、とても美味しいと示してくれているので、何も言わなくても、ただ、そのカインクムの食べるところを見るのがとても嬉しいのだ。


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