チェルエールの外注費
チェルエールは、加工のうち合わせが終わったので、作業台の上を片付けると、テーブルに案内した。
商談用に使うテーブルに場所を移すと、お茶を振舞う。
アリアリーシャがチェルエールを手伝う。
最初はお客様にそんな事はと断ったのだが、チェルエールが湯を沸かすのに手間取っていたので、火を付けるところから、アリアリーシャが代わってお茶を煎れた。
チェルエールは、テーブルに着くと、ジューネスティーン達に話を始めた。
「ねえ、私の店に来たのは何でだったの? 」
「ああ、入り口で紹介してもらったので、そのまま来ました。」
チェルエールは、入り口の守衛に感謝しつつ、良い顧客を回してもらったと思った様だ。
守衛にしてみれば、見た目が新人冒険者に見えたので、チェルエールの店を紹介したのだ。
上等な顧客は老舗に回るが、初めてきたと思われた新人冒険者なら、自分の様な店が良いと判断したのだろうと、チェルエールは感じた様だ。
(見た目で判断してくれた、門番に感謝だな。)
チェルエールの様な、訳ありの店主には、帝国内で名の通った人を回す事はない。
工房区といっても、大なり小なりの個人店が軒を連ねているのだ。
その中でも、序列を付けられているので、チェルエールの様な訳ありの経歴の店には、貴族や大物商人といった人達からの商談はなかなか回ってこない。
珍しく、冒険者が工房区を訪ねてきたところ、それが、新人冒険者の様だと分かると、大したお金も無いと見られたのだ。
そんな時でなければ、チェルエールの店を紹介する様な事は無い。
お茶を煎れたアリアリーシャがトレーにカップを乗せてテーブルに来ると、それぞれに、お茶を渡して、空いている席に自分も座る。
アリアリーシャは、両手でカップを抱えるように、手に取って、お茶を飲んで一息つく。
いつもの飲み方なのだが、どうも、可愛く見せようと思っての行動の様に、周りは思っているのだが、誰も、その事について指摘をするものは居ない。
アリアリーシャとしたら、メンバーの中で一番背が低い事もあって、その事を上手く利用して、子供っぽさを出しているのだろうが、周りからは、アリアリーシャの身長より、そのスタイルから、子供っぽい仕草は、どうしても、ヤラセっぽく見えてしまう様だ。
しかし、周りの5人は、その事を指摘出来ないでいるのだ。
ジューネスティーンは、マントの加工を頼んだのだから、出来上がりと金額を聞く。
「それで、この加工の代金と、仕上がりの時期なのですけど、いかがでしょうか? 」
それを聞いて、チェルエールは、しっかりしていると思うと、吹っ掛けて高い金額を伝えようかと思っていたのだが、要望を聞いているうちに、それ以外の話の感じから、吹っ掛けるのはやめることにした。
だが、安すぎてもいけないと思い、適正価格に値引き分を少しだけ上乗せして伝えることにする。
「少し待っておくれ。」
そう言うと、石板を取り出した棚の横から、算盤を持ち出すと、テーブルの上で、算盤の球を弾き出す。
加工に使う糸と追加の飾りボタンの代金と、持ち込まれたマントの代金を考慮に入れる。
これは、その商品を見れば、何処の店の物か直ぐに分かる。
また、デザインからして新作の物を購入しているので、金額もそれなりの金額のものだろうと判断する。
そんな事を考えつつ、チェルエールは、算盤の球を弾いてから、ジューネスティーンに金額を伝える。
「うーん。 金額は中銅貨3枚と銅貨2枚で、仕上がりは、明日の夕方でどうだろうか? 」
チェルエールは、値切られて、中銅貨2枚と銅貨5枚なら引き受けられるが、中銅貨3枚か中銅貨2枚と銅貨8枚以上で引き受けたいと思っている。
ただ、伝えた金額なら、中銅貨3枚と区切りのいい値段で、決着がつくだろうと考えて金額を伝えた。
そんな思惑をジューネスティーンは、気にせずに、言われた金額ではなく、中銅貨4枚をテーブルの上に置く。
「では、これで、お願いします。 それと、明日の夕方に取りに来ますので、よろしくお願いします。」
チェルエールは、何も値切られる事なく、あっさりと、言われた通りの金額に上乗せした額を出したので微妙な顔をする。
金額のやりとりを楽しみたかったのだが、その思惑が外れたのだ。
購入してきたマントの金額は、おおよそわかっている。
その金額に対して、加工費が高いと言うのが、一般的な冒険者なのだが、あっさりと、上乗せして支払ったので少し驚いた。
「ありがとうございます。」
チェルエールは、棒読みの様にお礼を言うと、ジューネスティーン達は、店を出ようと立ち上がろうとするので話しかける。
「ちょっとお待ち。」
少し口調が違うと思って、チェルエールを見る。
「お前さん達、交渉はあまり得意じゃなさそうだな。」
何を言っているのかと思うが、ジュエルイアンとも大した交渉はせずに色々決めていたと感じる。
「商人というのは、自分達の利益を考える。 自分の利益は多い方が良いのだが、相手にも利益を与える様にする。 相手が赤字になってしまわない程度で、必要以上、相手に儲けさせない事も考えているのよ。 相手が赤字になってしまう様では、次からは警戒されるか、最悪は、その一回の取引で終わってしまう。 だから、商人は、そのギリギリを交渉で見つけるんだ。 次に繋がる様にする。 だから、二度とあいつの仕事はしたく無い、あいつに仕事を頼みたくないと思わせない、ギリギリを狙うんだよ。」
ジューネスティーンは、チェルエールが言った事を聞いて何となく理解する。




