チェルエールの過去
チェルエールが、ジューネスティーンの才能を面白がって、根掘り葉掘り聞いていたので、ジューネスティーン達の、残りのメンバー達は、暇を持て余していた。
そんな2人の会話を聞いていて、痺れを切らしたアンジュリーンが、タイミングを測って、声を掛けてきた。
「あのー、奥様、事情は何となくわかりましたけど、マントの加工の方はどうなりますか? 」
アンジュリーンが、ジューネスティーンとチェルエールの2人だけで、会話を進めていたのを、聞いていて話しかけてきた。
すると、チェルエールはアンジュリーンに顔を向ける。
その顔には、怒りも含まれているように思えるので、アンジュリーンは、何か悪い事を言ったのか、と自分の言葉を思い返す。
そんなアンジュリーンにチェルエールは聞き返す。
「今、なんて言った。」
「えっ! 」
アンジュリーンは、チェルエールの言葉に凄みがあったので、驚いたようだ。
固まってしまったアンジュリーンに、チェルエールは、たたみかけるように話だす。
「今、奥様って言ったわよね。」
アンジュリーンは、チェルエールの年齢から、結婚して子供も大きくなっているのではないかと思い、 “奥様” と、言っていた事を思い出す。
「すみません。 つい、失礼な事を言いました。 お許しください。」
アンジュリーンは、慌ててお詫びをする。
「まあ、いいわ。 私が言ってなかったからね。 でも次からはお姉さんと言ってね。 男の人と付き合った事もなくて、おばさん呼ばわりされるのもちょっと嫌なので、そう言ってくれるとありがたいわ。 あっ、でも、あんたは、エルフだからねえ。 お姉さんかどうかもわからないから、チェルでいいわよ。 その感じなら、ヘタをすると、私より年上って可能性だったあるわ。」
歳の話をされて、アンジュリーンは、微妙な顔をする。
確かに、エルフであるアンジュリーンは、見た目は、16歳の少女のように見えているが、転移してから、34年が過ぎている。
転移した時の年齢が、10歳だったとすると、アンジュリーンの年齢は、44歳となるのだ。
人属であるチェルエールと大差は無い年齢なのだ。
「わかりました。 今度から、チェルさんと呼びます。」
そう聞いて、アンジュリーンは、この人はそれなりに美人なのに、男の人と付き合った事も無いのだと分かると、少し可哀想に思ったようだ。
「家が取り潰されなければ、今頃は、何処かの家の妾として嫁いで、子供を産んでたかもしれないけど、取り潰された貴族の子供を、自分の家に入れて皇帝や皇族に目をつけられて、痛くもない腹を探られても困ると思ったんでしょうね。 帝都に戻って今日まで、縁談の話は何一つ無かったわ。」
メンバー達は、その話に何と答えれば良いのか困っている。
それを察したのか、チェルエールは話を続ける。
「ああ、縫製はね、皇女殿下の趣味だったのよ。 留学した時に、その皇女殿下の趣味に付き合って、授業以外の時間に、一緒にデザインから出来上がるまで一通り行ったのよ。 その時に覚えた事が、今役に立っているのね。 大体、取り潰された家の子供で、しかも貴族位を剥奪された女子に、帝国で公職に就くなんて不可能だったわ。 その時は、かなり凹んだけど、今になって考えてみれば、取り潰された貴族の子女なんて、他の国で平民として暮らしていけばよかったのかもって思うわ。 でも、今は、大旦那様や支配人と副支配人の奥様に感謝ね。」
言われてみれば、家が取り潰されたとなれば、帝国には住み難い事になるだろう。
高学歴と言っても封建社会では、取り潰しにあった家の子女なら公職にもつけず、縁談の話も有るとは思えない。
それでも、皇女殿下の取り計らいと、このイスカミューレン商会との縁があった事で、露頭に迷う事は無くて済んだようだのだと、ジューネスティーン達は理解したのだ。
チェルエールの過去の話を聞いて、ジューネスティーン達は、何を言って良いのか、言葉が見つからない。
ジューネスティーンは、助けを求めるようにシュレイノリアを見る。
彼女なら、場の雰囲気も考えずに自分の目的の事だけを言うので、今の話とは全く違う事を話し出すのではないかと思ったのだが、今回は自分のマントを加工する訳でも無いので、我関せずと黙っている。
シュレイノリアの表情には、今までの話、帝都を攻撃する話も、今の取り潰しにあった貴族の話も、自分にとっては、だから、それがどうした、程度にしか、思ってないようだ。
そんな雰囲気を感じるので、場の雰囲気を、彼女が変えてくれる気配も無かった。
困っていると、チェルエールも、流石に変な話をしたと思ったのか、この雰囲気を変える必要があると判断したのだろうか、ジューネスティーン達に話しかけてきた。
「私の暗い過去は、もう終わりにしましょう。 それより、仕事の依頼についての話よね。」
そう言ってくれたので、ジューネスティーンもメンバー達も、そっちの話に移る事にする。




