聖句
たまらずオークキングは両手両膝をついた。まるで誰もいない平原に向かって土下座をしているかのようだ。
左右の足と右手にダメージがあり、その戦闘力は大きく封じ込められている。
トヨケは死角になる位置へと音もなく進み、メイスを振るう。
トヨケの攻撃を肩にくらい、オークキングは腰に提げた戦斧を左手に持ち反撃を試みるが、身軽なトヨケには掠りもしない。利き腕の攻撃じゃないからかもしれない。
身を起こそうすれば一撃を喰らい、逃げ出そうとしても一撃を喰らう。そして反撃は当たらない。オークキングに成すすべはなかった。
身体の大きくないトヨケではあるが打撃力が強い。技術によるものもあるだろうが、魔法による能力向上があるのかもしれない。ピンポイントの攻撃であれば巨体のオークキングにも十分にダメージを与えられるようだ。
そしてトヨケはそのピンポイントを確実に狙っている。
すげえ。ってかちょっと怖え。
そもそも、あのでかい魔物を相手にして負けるとは露ほどにも思っていなさそうだ。自分の力への自信と敵の強さを見定める目があるのだろう。きっとオレなんかとはくぐり抜けてきた死線の数が違うのだ。
ハンガクの弓の腕前とツルの範囲攻撃魔法加えてトヨケのこの近接戦の強さ。うーむ、このパーティってもしかしたらルシッドのとこよりも強いんじゃないだろうか。
とはいえまだトドメを刺すには至っていない。
絶命まで追い込むためには体幹への攻撃が必要そうだ。だがトヨケもそこまでは攻めきれていない。
トヨケが背後をちらりと見た。
次の瞬間、オークキングの肩に矢が突き立った。
衝撃を受けた巨体が前につんのめる。
確認しなくても分かる、距離を詰めてきたハンガクの攻撃だ。
さらに二本、三本と矢の雨が降る。
革鎧や兜で武装はしているが、腕や腿など剥き出しの部分も多い。矢はその武装に守られていない箇所に突き刺さっていく。
振り返るとハンガクは二十メートルほどの距離まで詰めてきていた。その位置からだとかなりの命中精度を誇るようだ。そして威力も強い。
トヨケは少し後退し、ハンガクは弓撃を繰り返す。
着実にオークキングの命が削られていくのが見て取れる。
「もう終わるな。トヨケ、念のためのトドメを頼めるか」
「もちろん」
トヨケの答えを待ってハンガクは弓を打つ手を止めた。
トヨケが歩を進めオークキングの傍らに立った。
片手を手刀の形にして胸の前にあげる。
「母神ホゲツの身へ還り地の糧とならん」
これは聖句だ。神官戦士であるトヨケが信仰しているのは大地の女神ホゲツで、それが動物であれ魔物であれ、もちろん人であってもその命を奪う時にはこの聖句を唱えることになっているのだそうだ。
続いてトヨケは大きく振り上げたメイスを一気に振り下ろした。
くぐもった音を響かせて、オークキングの頭蓋が砕かれた。
「お疲れ」
トヨケの傍へきたハンガクが拳を握り腕を掲げる。
応えてトヨケも同じようにした腕をハンガクのそれに軽くぶつけた。
「ハンガクもお疲れ様」
トヨケの顔は店で見せるそれはまったくの別物だ。
安堵や達成感と同時に、このぐらいの戦闘はなんでもないことなのだという自信が見て取れる。当たり前なのだがしっかりと冒険者をしていた。
それにしても、まったく何もしていないのだから仕方ないがオレの蚊帳の外感がハンパない。今回ばかりは戦闘に参加しなかったことを喜ぶ気持ちが沸いてこない。