剣と弓と夢と
商隊はのろのろと進んだが、それでも徒歩で付いていく者にとっては余裕を持てる速度でもない。息切れをする程ではないが、全身にびっしょりと汗をかいている。特に革鎧の下が酷い。
隣を見るとハンガクはこめかみに汗を浮かべてこそいるが、あごを出すこともなく平然としている。体力の違いが歴然だ。
荷車を牽くリュウガメは巨木の幹のように太い肢をのそりのそりと進めている。
まさに亀の歩みだが、体長三メートルはあろうかという巨大さなので一歩の幅が大きい。
砂色のゴツゴツした甲羅の高さも二メートルはあり、その名前の由来となった長い首も今は甲羅の中に仕舞われていて、まさに動く巨石といった感じだ。
その名前に反して、種族としてはドラゴンとほとんど関係がないらしい。
オレが元いた世界ではカメもトカゲもヘビも爬虫類として同じ括りにされていたが、ここではカメは全く別の種として扱われている。
ただドラゴンに関しては、ワームと呼ばれる巨体なミミズやウナギに似たモンスターもその一種とされたりするので、解剖学的な種類分けというよりは、その性質や強さを元にした分類のようだ。
まあママチャリがドラゴン枠にいるぐらいだから、あんまり深く考える意味もないのかもしれないけれど。
リュウガメの向こう側へ目を向けると、トヨケとツルも遅れることなく歩いていた。何か熱心にお喋りをしているようだ。そろそろ会話をする元気もなくなってきたオレとは大違いだ。
「シルバーの剣ってどんななんだ? ちょっと見せてくれないか?」
ハンガクが言った。声が元気だ。やはりほとんど疲労は感じていないらしい。
「いいけど、別に大したモンでもないぞ」
応えながら、オレは腰に提げている革ベルトから鞘を外してそれごと渡す。
ロングソードほどの長さはないので取り回しはしやすい。
剣を半ばまで抜いて刀身を見つめたハンガクは、ほうと息を吐いた。
それから最後まで抜き放ち、片目を閉じて剣先を観察するともう一度息を吐く。
その様が妙に艶かしく思えて、オレはハンガクの表情から目を離せないでいた。
「これは……すごいな」
ハンガクが呟くように言った。
「そうなのか?」
鍔や鞘の鯉口に施された流線型の意匠は見事だし、何となくすごいことはオレにも分かる。
だがハンガクの見立てはそういったことに対してだけではないだろう。
「軽いな。そして手に持っただけでも、こちらの魔力に呼応するのが感じられる。吸われてるという感じではないな。魔力に共鳴して一体化するような感覚だ。ミスリルだからというだけじゃないな。いや、ミスリルにも質の良し悪しがあるのか? 刃紋が規則的に表れていて美しいな。それに何よりこの砥ぎが素晴らしい。ここまで薄い刃先なのに刃こぼれが全くない」
途中からは完全に独り言になっている。
「ハンガクって弓を使うんだよな。剣にも詳しいのか?」
「確かに多少ならば剣も扱うが別に詳しいわけじゃない。ただ剣だろうが弓だろうが美しい物は美しいって誰でも感じるだろ? いや全ての武器は美しいんだ。やはり人や魔物を殺傷するためだけに作られた道具というのはただの物ではありえないよな。長い年月をかけて様々な工夫が施されて作り上げられた形はただの機能美と呼ぶにはあまりにも業が深く、それゆえに何ともいえない魅力、いや魔力が感じられる。さらにその中でも伝説に謳われるような武器とか魔力や特殊な能力を帯びた武器となると、そこいらの財宝なんざ比べ物にもならないほどに貴重な宝だ」
長い長い。ハンガクは元より寡黙なイメージではないが、もはや別人格が顔を出したかのような熱い語り口だ。こいつただの食いしん坊キャラじゃなくて武器マニアだったのか。
「あーっと、じゃあお前も何かすごい弓を持ってるのか?」
オレはそう訊いてみた。マニアというのは自分のコレクションのことを訊かれるのが何より嬉しい生き物のはずだ。
だが意外なことにハンガクは少し顔を曇らせた。
「前に使ってた弓はダンジョン探索で見つけた魔法の力が込められた物だったよ。だけどシルベネートのダンジョンに置いてきちまったろ」
「そうだったな」
シルベネートのダンジョンと聞いて、反射的にあの悪魔の腕を思い出し、オレは身震いする。
「今あたしが使っているのも有名な弓師が作った良い弓だ。ペンディエンテ中の武器屋を回って選んだんだぜ。だけどどっちもあんたの剣と比べられるような物じゃないな。その剣は作りも素晴らしが何より素材が頭抜けている。伝説とまではいかないかもしれないが、例えば領主なんかがようやく一振り所持できるかどうかといったような代物だろう」
これはたしかシルバーが自分の爪の垢を煎じて飲めというようなメッセージをこめて寄越したような剣なので、あまり有難みは感じていなかった。
リッチとの戦いで役に立ってくれたので、大事にこそしているが、そこまでの物だとは思っていなかった。
というかハンガクからおねだりをしたら、あの女に弱いシルバーのことだからミスリルの弓の二つや三つは気前良くくれそうなものだけど、その考えはハンガクの次の言葉を聞いて口にすることをやめておいた。
「だからさ、あたしはいつかそういう弓を自分で見つけるために冒険を続けるんだ。探索の進んでいない難易度の高いダンジョンなんかだと、まだ伝説級の武器も眠っているかもしれないだろ?」
「ああ、あるといいな」
夢があるというのは良いことだと思う。
転生前も今もオレには夢なんてものはなかった。このまま冒険者を続けていればそれを見つけられたりするのだろうか。
「敵襲っ!」
考えに沈み込みそうになるオレの耳にその言葉が飛び込んできた。