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平和主義が好ましい

「どうしてそんなに呑気なの」


 レミックが抗議の声を向けている相手は珍しくルシッドだ。


「すまん」


 これまた珍しくルシッドが謝る。

 なんだルシッドのヤツ意外と尻に敷かれてやがるんだな。


「だいたいヤムトが大丈夫だなんて言ったんじゃない」


 レミックの矛先の向きはすぐに獣人に変えられた。


「うむ、すまない。カズなら手加減はすると思ったのだが、流石にこうなることは予想できなかった」


 ヤムトまでが素直に謝るに到って、レミックはなぜか次にオレの方を振り返って睨む。


「きちんと手加減しなさいよ。やっと来てくれた戦士だったのにどうしてくれるの。神官もまだ見つかってないのにさ」


「お前ら揃いも揃って一体なにを言ってるんだよ。見てたろ? オレあいつに殺されるトコだったんだぞ。手加減どころがギリギリ生き延びたんだからな」


「もうそういうのいいから。あんな損傷受けたらポーションでも早々治らないわ」


 なんだかものすごい理不尽な言い掛かりを受けてる気がする。


「というか、中々治らないにしても早くポーション使ってやった方がいいんじゃないか?」


 ポーションは高価だ。軽い怪我程度なら使わずに自然治癒に任せるのが普通だが、あれはとても軽い怪我には見えない。

 トゲトゲ付き鉄球のダメージは鼻骨だけでなく顔全体に及んでいそうだ。もし目までダメージがあるんなら、定期的にポーションを使っていかないと完治は難しいかもしれない。

 なんだか少しだけ申し訳ない気がしてきた。


 オレの言葉を聞いてヤムトが慌ててポーションを損傷部に振りかけた。


 ビディーゴは身を起こしたが、まだ喋れる状態ではないだろう。てか顔を直視できない。申し訳ないからとかでなく、あんまりグロ耐性がないので普通に見られない。

 ポーションが効いてくれば徐々に見られるようになるだろう。


 野次馬も三々五々に解散し始めた。

 オレもそろそろおいとまするタイミングだった。


「あの、もう行ってもいいかな?」


 誰にともなくそう言ってみる。


「あ、ああ、そうだな。とりあえずシージニア行きはもう一度考え直してみてくれ」


 ヤムトが言った。


「もう決めたからな。そうだ、そんなにオレが心配ならお前たちも来たらいいじゃないか」


 オレが言うと、三人は表情を固くした。


「報酬も出ないのに私たちが行くわけないじゃない。行くのやめないんなら一人で勝手に死ねばいいわ」


 眉根を思いっきり寄せたレミックがまくし立てるように言った。


「あー、そうだな。すまん」


 別に謝る理由もないが、ストーキングの成果をバラ撒かれるリスクは下げておきたい。

 何にしてもここは一秒でも早く立ち去るべきだ。

 さて帰ろうと踵を返したところで、また後ろから声をかけられた。


「カズさん」


 おっとりとした聞き覚えのある声。

 振り返るとツルがオレを見上げていた。


「ああ、奇遇だな」


「奇遇じゃないです。ギルドに寄ったらケンカ騒ぎがあったから、また頭の悪い方たちが大して価値のないプライドをかけてまわりの迷惑も顧みず暴力という安直かつ非生産的な手段を用いて自己満足に浸ろうとしてるのだろうなと思って通り過ぎるつもりだったんですけど、カズさんの声が聞こえてきたから、まさかいくらカズさんでも遠征の直前にそんなバカバカしい行いはしないだろうとは思ったのですが、念のため覗いたらやっぱりカズさんでした」


「色々と手厳しいなオイ。いやツルの言うとおりだな、ゴメン」


 実際のところ、オレは巻き込まれただけの被害者なのだが、それを言い訳するのも恥ずかしいので素直に謝った。

 依頼のことを考えれば、本当は走って逃げるべきだったとも思うし。


「いえ、カズさんがお強いのは分かってますから、心配はいらないのかも知れませんけど」


「強くない。全然強くない。みんな色々と誤解してるだけだから」


 オレとツルは並んで歩き出した。

 ツルはトメリア食料品店に行くところらしく、オレの宿も同じ方角だ。


「シェルクラーケンやリッチをやっつけておいて自分は強くないなんて言われましても説得力皆無ですよ。でも私は〝腰抜け〟って呼ばれていた時のカズさんの方が好きでしたね」


「あ、ああ、そうなんだな。何かありがとう」


 特に意味のない発言だとは分かっているが、今世と前世あわせても「好き」という言葉を向けられた記憶がないオレは、その聞き覚えのない響きに妙に慌てる。


「でも腰抜けは相変わらずというか、いや自分で腰抜けって思ってるわけじゃないけど、その評価自体は今現在も妥当だとオレ自身も思ってるぜ」


 何か言葉を続けようとして、結局自分でもよく意味の分からないことを口走ってしまった。

 慌てっぷりが面白かったのか、わけの分からない言葉のどれかがツボだったのかは分からないが、ツルは口元に手を添えてクスクスと笑い出した。

 可憐で無垢で、でも少し悪戯気(いたずらげ)で、トヨケ信者のオレでさえついつい見惚れてしまう可愛さだ。


 長い睫毛の下の瞳がオレを見上げて言う。


「私が好きな方がいいんですか?」


 あれ、ツルって人間だよな。そこいらのエルフよりも妖精っぽいんだが。実はニンフか何かだったのか? 何にしても攻撃力がヤバい。色々とヤバい。

 オレがあわあわモゴモゴしていると、


「冗談です。冒険者なのに平和主義者なカズさんが良いなと思ってるのは本当ですけど、そういう好きではないですよ」


 ツルはそう言って、これまた破壊力バツグンのにっこりとした笑みを向けてくれた。


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