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なるほど

 助けを求めてオレはパーティーのリーダーを見る。


「やめておけ、ビディーゴ」


 珍しくオレの意を汲んでくれたルシッドが短く言った。

 ところがここでヤムトが余計な事を言う。


「まあ大丈夫ではないか、カズなら」


 いやいやいやいや、何一つ大丈夫な事なんてないからな。

 名前こそ覚えてなかったが、オレはこのビディーゴって戦士の事はギルドで何度も見かけていた。

 たしか疾風の剣(ゲイルアームズ)にこそ劣るものの、高い(クラス)の実力者たちで構成されたパーティーの戦士だったはずだ。

 それが何でルシッドたちのパーティーに参加しているのかは分からないが、ルシッドやヤムトに次ぐ実力者であることは間違いない。

 要するにオレが大丈夫でいられる確率はほぼゼロだということだ。


「なあに、すぐに済むさ。それにこいつをシージニアに行かせたくないんなら、骨の数本でも砕いてやれば行けなくなるだろ?」


 ビディーゴは髭面をニヤリと歪める。口調の軽さとは裏腹に目が興奮で爛々と輝いていて野性味がある。こいつが言う骨の数本は脅しではなく本気だ。


「なるほど」


「おいルシッド、何がなるほどだ。納得してんじゃねえよ」


 仕方ない、ここは何とかヤムトに(すが)って大丈夫じゃないことを分かってもらおう。

 そう考えて顔を巡らせると、獣人はすでに戸口から外に出た所だった。


「何をしている。店の中では他の者に迷惑がかかるぞ」


 怪訝そうな顔で振り返りヤムトは言う。


「さっさと済ませてよね」


 ため息を吐きながらレミックも立ち上がる。


「ちょっと待てって。オレはやらねえ……っ」


 言い終わらないうちにビディーゴに二の腕を掴まれた。

 そのまま力任せに引き上げられる。


「ほら立てよ」


「いってえっ」


 持ち上げられてというよりも激痛のせいでオレは思わず立ち上がった。


「お、なんだケンカか?」


「〝巨星〟ビディーゴじゃないか」


「捕まってるのは腰抜けか」


 オレたちの様子に気付いた酔客たちがガヤガヤし始めた。

 痛いやら恥ずかしいやらで顔が熱くなる。ビディーゴの手を振り払って、オレは逃げるように戸口へと向かう。

 ビディーゴは嘲るような笑い声を上げながら悠々と後から歩いてくる。

 くそっ、何でオレがこんな目に。このままダッシュして逃げてしまいたい。

 だけど、ぞろぞろと集まり始めた野次馬たちを見て、それもムリだと悟る。

 この状況で逃げ出せばボコされるよりも恥になる。

 以前なら腰抜けの称号も全く気にならなかったが、トヨケたちの仕事に参加する以上、そんな評判がたてばパーティーの迷惑になってしまう。いや本音をいえばそんなカッコ悪いことはトヨケに知られたくない。


「人畜無害な隣人に突然ケンカを吹っかけるのがお前んトコの方針か?」


 野次馬たちに混じってのんびりと外に出てきたルシッドにせめてもの憎まれ口を叩いてやる。

 ルシッドは何かを言いたそうな素振りで口を開いたが、そのままひと呼吸黙った後「早くやれ」とだけ言った。


 ギルド前の通りで嫌々ながらもビディーゴに対峙した。

 いつまでも背中を向けていたら後ろからやられる可能性も高い。

 周囲を野次馬が取り囲んだ。

 T字路の交点の横棒側にギルドは建っていて、建物前の道はちょっとした広場ほどのスペースがある。ギルドの酒場で揉め事が起きた場合はたいていここで決闘が行われた。

 もちろん通行の邪魔にはなるが、決闘騒ぎは度々起きるので道を利用する人たちも、もう折り込み済みのような感じだ。


 改めて見るとヤバい相手だ。

 背格好はヤムトやモリと似たような感じだが、腕の太さはあいつら以上かも知れない。

 少なくとも顔の凶暴さは獣人のヤムト以上だ。まあそれは個人的な見解だが。オレ犬好きだし。

 フルプレートでこそないが、肩当てや腰回りなど要所要所に金属が使われた防護箇所の広い革鎧を着込んでいて、オレの攻撃が効きそうな隙は一ミリもない。

 何よりヤバそうなのがその両手で構えたフレイルだ。

 長い棍の先にトゲトゲ付きのデカい鉄球が短い鎖で繋げられている。

 いわゆるモーニングスターというヤツだが、通常のそれよりも棍が長く、鉄球にいたってはたまに見かけるヤツの倍ぐらいのサイズがある。オレだったら振り回すどころか持ち上げるだけでも一苦労しそうだ。


「って、それ使うのかよ!」


 鎧の上から攻撃する場合や外皮の硬い魔物に使う武器だ。オレに使うなんてオーバーキルが過ぎる。


「手加減はしてやるよ」


 全然手加減しなさそうな笑みでビディーゴが言った。


「それ当ったら手加減してもしなくても死ぬから。いや掠ってもオレ死ぬから」


「運頼みだな」


 短く言い放つと、ビディーゴは右脇に棍を構えながら一気に距離を詰めてきた。巨体に似合わず速い。


「わっ、ちょっと待て」


 決闘といえば普通はレフェリーの「始め」の合図で始めるもんじゃないのか。卑怯者だ。


 オレは慌てて、というかビビって反射的にバックステップを踏む。

 すでに間合いに入られている上に予想以上にビディーゴの踏み込みが鋭く、こちらは剣を抜くことさえできない。


 ビディーゴが棍を振るった。右手のみで。

 あんな重そうな物を片手で扱えるなんて思いもしない。

 片手で振る事でリーチが大幅に伸びており、これは完全に当たる一撃だ。

 うなりを上げたトゲトゲ鉄球は、オレの左肩を砕きつつ肋骨ごと心臓を潰す軌道で振り下ろされた。


「ひえっ」


 オレは情けない悲鳴を上げながらも、だいたい来るであろうという鉄球のコースを予測して、半身になりつつ軌道の外側へと逃げる。


 間一髪で当たらない。


 オレの胸の前を過ぎ去った鉄球は地面を粉砕した。

 舗装などされていない踏み固められただけの土道だったが、その土が粉々に砕けて舞い上がる。信じられない威力だ。


 オレが避けた事が意外だったようで、ビディーゴは一瞬その深い彫りの奥の目を丸くした。

 だが次の瞬間には鉄球を引き戻し、頭上でくるりと一周させると第二撃を放ってくる。

 やはり距離を取らせてはくれない。


 こんなもの万が一にも食らうわけにはいかない。

 脳天目掛けて真っすぐに降りてくる鉄球から逃れようと、オレは跳んだ。前に向かって。ヤツの足の間に向かって。

 ヘッドスライディングのように頭から跳び込み、股の間を擦り抜け、前転して起き上がる。

 背後を取った。

 股間を蹴り上げようかと思ったが、ほとんど間を置かずビィデーゴが身体を返す気配。左回り。攻撃と攻撃の繋ぎが速い。


 横薙ぎの一撃。


「ひいっ」


 しゃがんだ。頭上を鉄球が過ぎる。

 しゃがんだ勢いからバネのようにカエル跳び。ビディーゴに向かって遮二無二(しゃにむに)肩から体当たりをかます。


 重い鉄球と棍を振り回した直後だ。さすがにオレ程度のショルダータックルでも体勢を崩した。だが足りない。倒れるところまでいかない。

 それを見越してオレは足を掛けにかかっている。

 自分の右足で相手の右足を内から刈る。

 剣も抜いていないオレには攻撃手段がほとんどない。


 昔、というか前世に、学校の体育の授業で数回柔道を習ったことがある。

 短い授業時間内でのことだし、オレに運動神経がなかった事もありほとんどモノにはなっていない。

 だけど動きとしてシンプルな小内刈りは何となく覚えていた。

 でも動きを覚えていただけだった。

 ビディーゴの体勢が崩れている状態で足もしっかりと掛かった。それでもヤツの足腰と体幹の方が強かった。やはり倒れない。

 ビディーゴはすんでの所で踏みとどまり、勢い良く上体を戻した。


 だいたい、おおよそ、この位置でこのぐらい。


 オレは身体を反転する。

 ビディーゴの胸の前で交差している金属の肩当てを止めるベルトを掴む。

 相手の股の間にお尻を潜り込ませるように沈む。

 相手が体勢を戻す勢いを利用して背中に背負う。

 手にしたベルトを引きつつ、曲げていた足を伸展する。


 体格差と勢いとタイミングが一致し、ほとんど手応えもないまま、巨体はくるりと宙を舞った。これまた体育の授業で動きを覚えただけの背負い投げだ。


 ビディーゴは綺麗に背中から地面に叩きつけられた。

 野次馬からどよめく声が上がった。

 装備の重さから派手な音が上がったが、それほどのダメージはないはずだ。

 だけど不幸なことに、投げられている途中で手放してしまったらしいモーニングスターの鉄球が落ちてきた。

 仰向けになったビディーゴの顔に。


「あー」


 オレは思わず間抜けな声を漏らした。

 自然落下なのでそれほどの威力はない、と思いたい。ごしゃって音したけど。

 だけどトゲトゲはあるし重たいしで、トドメの一撃にはなったようだ。ビディーゴは動かなくなった。


「なるほど」


 ルシッドが言ったのが聞こえた。

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