バナナはおやつに入りますか
「そもそもオレはその依頼の事なんにも知らないんだが」
トヨケが行くのなら参加するのも悪くない……もとい、諸手を上げて参加表明をしたいところだが、オレはグッと踏み止まった。
身の丈に合わない依頼を受けて大恥をかくなんて事になれば目も当てられない。いや恥で住めばいい。オレの力不足が理由でトヨケにケガでもさせたらと考えると膝が萎えそうなほどにビビってしまう。
「シージニアに行く隊商の護衛だよ」
ハンガクが答える。
「それは聞いてる」
「他にどんな情報が必要なんだ?」
「そりゃ色々とあるだろ。いつからいつまでとか、どんなルートを行くのかとか、報酬はいくらなのかとか、バナナはおやつに入るのかとか、袋入りのスナック菓子を小分けにして持ってく場合は幾らでカウントされるのかとか」
「出発は三日後。目的地はシージニアのミトノだ。期間は往復と向こうでの滞在込みで二ヶ月から長くても三ヶ月ほどらしい」
「ミトノがどんな街でどこにあるかも分からないんだが」
「あたしも知らん。途中、砂海船で行くというのだけは聞いてるが」
「砂海船だって? じゃあだいぶ奥地まで行くんじゃないか?」
砂海船は文字通り砂海を渡るための船だ。
砂海は砂漠のうちでも、砂の粒子が細かく地形に極端な凹凸がない場所の事で、つまりは砂海船で行き来できるルートのことを指す。
砂漠はゲルニア大陸の中央にでんと居座っていて、州をまたいでの移動する場合にはほとんど避けて通れない。ラクダ車やリュウガメ車での移動も可能だが、砂海を行くなら砂海船を利用するのが一般的だ。大量の荷物を積むことができるうえに、速度も出る。何よりも快適だ。
オレもまだ砂海船の実物は見たことがないが、見た目は海を渡る帆船と同じような形をしていて、違いは船底の形らしい。
海中に沈めてバランスをとる帆船のそれに対して、砂海船は砂の上を滑ることができるように真っ平で、さらにまるで鏡のようにつるつるに磨き上げられていると聞いたことがある。
「いや、途中だけだ。砂海の端っこを掠めるような航路で南に向ったら後はすぐに陸路だと依頼主が言ってたから、たぶんシージニアでも西の端っこなんじゃないか、そのミトノって街は」
「それだったら海路の方が断然早いだろうに」
シージニア州はゲルニア大陸から南に突き出した半島状の亜大陸だ。ハンガクの推測の通りならば、フィニス州の中でも南よりに位置するこのペンディエンテからだと直線的に海を渡った方が断然早いはずだ。
「海はなかなか貴人サマの許可が下りないらしいからな」
「ああ、そうだったな」
ペンディエンテは港街でないが、鳥車で行けば海岸線まで2日もかからない。
だが船を使って海を渡ることは貴人が厳しく規制している。
個人で魚をとる程度の漁船で海に出るのならば特に許可はいらないが、帆船で交易などを行う場合、全くの禁止ではないが申請してもいつ許可されるか分からず、審査基準すら分からないような許可証が必要なのだ。
国の防備のためには必要な規制なのだろうが、そのおかげで遠方との交易には大変な手間と時間とコストがかかる。そしてその結果、他州からの輸入品は値段が高くなるのだ。
「あとは何だ、バナナだったか? おやつに干しバナナなら持っていってもいいが、カズは異次元収納のスキルがあるワケじゃないんだろ? あたしに食べられても文句は言うなよ」
「いや、異次元収納がなくても普通に自分の荷物に入れとくんだが、ハンガクは人の荷物を漁るのか? 何にしてもバナナはやめておくよ」
話せば話すほどハンガクのイメージが崩れていく気がする。もはやガサツを通り越してジャイアニズムの体現者じゃないか。
「干しバナナが食べたいなら、旅のお供にトメリア食糧品店から提供するよ」
トヨケがくすくす笑いながら言った。エールのせいでその頬がほんの少しピンクに染まっている。天使だ。ミューズだ。結婚したい。
「大好きです」
思わずそう口走っていたのはオレも少しエールの酔いが回っていたからだろうか。
トヨケが小首をかしげてオレの目をのぞき込んだ。やはりエールの影響か、やや釣り気味の猫目が少しうるんでいるように見える。オレはくだらないことを口走った自分をこの一呼吸の間に大いに呪う。
「なんで敬語なのカズさん。そんなに好きならたくさんバナナ干しておくね」
トヨケはすぐにまたくすくす笑いだした。少し笑い上戸の気があるのかもしれない。
「あ、ああ、ありがとう」
オレは一抹の寂しさを感じながらも、勘違いしてくれたことに安堵の息を漏らした。