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メノウ

■□



 貴人を殺す力を持つ人間──それは考えれば考えるほど厄介な存在だ。


 カズという名前の冒険者を、瑪瑙(めのう)はこれまで街で何度か目にしていた。


 ミスリルの体を持つドラゴンを従えた冒険者の存在が話題になったのは、あくまで冒険者界隈での話だ。


 中規模都市であるペンディエンテにおいて、冒険者ギルドは数多ある組合の一つでしかなく、冒険者もさほど重要な役割を担ってはいない。

 多くの市民にとって彼らは、衛兵団や騎士団の管轄にない雑務を請け負う、いわば何でも屋程度の認識だ。


 遠隔地からの来訪者も多いこの街では、亜人種や従魔の存在を目にする機会も多い。

 魔物に関しての知識がない市民にとっては、竜とトカゲの区別はなく、魚鱗とミスリルの輝きにも違いはない。

 つまり街なかに魔法銀の色に輝く鱗を持つドラゴンがいても、その傍らに手綱を握るテイマーの存在さえあれば、誰も脅威を感じることはなく、それどころか取り立てて気にも止めることはない。


 だが冒険者や傭兵、瑪瑙のような請負屋(シザーズ)などの間ではそうではない。


 そもそもドラゴンを従魔とする冒険者が滅多にいない。

 ドラゴンにはかなりの種がいるが、低位、あるいは亜竜とされる種のドラゴンであっても一冒険者が使役したという話は聞かない。


 国をあげてドラゴンを戦力として組織しているものには竜騎兵団(ドラゴンナイツ)がある。

 竜騎兵団(ドラゴンナイツ)に所属する竜騎兵(ドラゴンライダー)は文字通り一騎当千の強さを持っている。英雄のような存在であるとともに他国にとっては脅威だ。


 その竜騎兵(ドラゴンライダー)と同等以上の戦力を有するであろうミスリルドラゴンとそのテイマーがいち冒険者ギルドに所属しているのだ。

 これは特に瑪瑙のように冒険者と敵対をする機会の多い請負屋からすれば、警戒に警戒を重ねるべき相手であるといえる。


 ──それがまさか識人の洞窟にあらわれるとは


 魔道の探求を行い、下民をさらってきてはアンデッドの作成を行う識人の所業は、一般的な市民にとっては悪行ではある。しかし他の貴人からしてみれば、せいぜいが「理解できない悪趣味」程度の認識であり、建前はどうあれ、騎士団が動くことはまずない。


 リッチ絡みで何らかの騒ぎが起きても、せいぜい冒険者が出張ってくる程度だろうと瑪瑙も高を括っていた。

 例えペンディエンテの冒険者ギルドで一番強いとされる「疾風の剣(ゲイルアームズ)」が出てきたとて、リッチとなった識人に毛ほどの傷さえ付けられるとは考えていなかったのだ。


 ──貴人殺しの竜戦士、か


 胸の奥から苦い物がじわりと這い上がる。だが瑪瑙はそれを不快だとは捉えなかった。

 刺激を楽しむためにあえて弱い毒を服毒する者がいるという。理解できない趣味だとこれまで瑪瑙は考えていた。だが今は少し違う。弱い毒の味を確かめてみたくなっていた。どのみち障害と呼べる程の存在でもない。


 ──それに巧く使えばオレの目的に役立つ道もあるかもしれない


 瑪瑙は座っていた椅子から立ち上がると、戸口へと行き扉を開けた。



 風が頬を撫でた。仮面はつけていない。

 貴人からの依頼で請け負い仕事を行う以上、身の安全のために素性は慎重に隠している。そのための仮面だが、それを付けるのは任務の遂行中に限られる。日常生活では当然素顔ですごしている。


 残念ながら風は爽やかではない。糞便臭や水の腐った臭いが混じった風だ。

 臭いの元は細い道の両脇に掘られた溝だ。表通りからゆるやかな下りの傾斜がついた細道ではこの溝を伝って家々が捨てた糞尿が道の奥、街の外側へと流れていく。いや実際にはそれはすでに機能していない。便はブタやマチネズミが食べるが、土を踏み固めただけの地面では尿はほとんど流れずにしみ込んで溝を白い尿石で染めている。


 ここが特段環境の悪い地域というわけではない。表通りだけは石畳が敷かれているが、横道に一歩入れば市民の居住区画はどこもこんな感じだ。


 瑪瑙は請負屋を生業としていたが、いわゆる暗黒街で暮らしているわけではない。

 表向きは行商人としての顔を持ち、ペンディエンテで市民権を持ってはいる。本拠地は別の街だ。

 この街に滞在している時には下町の決まった木賃宿を常宿としていた。冒険者などがよく利用する区画だ。様々な商店へ行くのに便利な場所で、長旅の際の物資の仕入れに都合が良い。


 瑪瑙は慣れた道を歩き、トメリア食糧品店へと向かった。

 

 リッチの持っていた品物を売り払うのに少し遠出をする必要があった。行商で品物の出自をしつこく問われる事はあまりなかったが、それでも念のため貴人の支配が強いフィニス州は出るべきだろう。

 そういえば、最近この街では複数のスパイスを混ぜて作る「カレー」とかいう料理が流行っている。

 シージニア州へ出向いて品物を売り、スパイスを仕入れてくるのも良いかもしれない。商人ギルド長のサラクが隊商を組織しているとの話も小耳に挟んでいた。それに同行するのがちょうど良さそうだ。

 そんな事を考えながら、瑪瑙は店番をしていた少女に挨拶の声をかける。


「やあカノミ、調子はどうだい?」


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