空っぽ
「なんだコレ!?」
我ながら間の抜けた声が出た。ないのだ。リッチの家財道具一式全てが。
無意味に豪華な装飾が施された重い木の扉を押し開けて入った部屋はがらんどうだった。
部屋といっても一つの空間ではない。大広間のような広い空間から続く細い道に、扉こそ嵌っていないがそこに面する幾つかの部屋があった。通路の奥にはさらに半階分ほどの高さを上る階段があり、その上にも通路と幾つかの部屋があった。ここだけでひとつの屋敷のようだ。
そしてその屋敷の中には何一つ物が残されていなかったのだ。
いや、完全に家具が残っていないわけではない。人が生活するために掘削によって造られた部屋なのだろう。壁や地面の岩肌から削り出して造られた机や寝台はそのままだ。いわゆる作り付けの家具だ。って、当たり前だ。こんなのは洞窟の一部だ。
皆で手分けをして全ての部屋をひと通り調べたが、持ち去れる物は食器から布製品に至るまで何一つ残されていなかった。
「やはりもぬけの殻だな」
ヤムトが感心したように言った。
「一体どういうことだ?」
リッチはここに住んでいたのではないのか。
アンデッドになったからと、生活用品の何もかもを処分したのだろうか。
いくらストイックな生活を送るにしても魔術の研究に関するものぐらいは置いておきそうなものだが、オレが調べた限りでは書棚らしい棚も倉庫に使っていたと思しき部屋も全てが空っぽだった。
「どこかに隠し部屋でもあるのかしら」
レミックが岩肌を削って造られた棚に手を触れながらいう。
棚はつるりとしており、離れたところからみてもとても滑らかに整えられていることが分かる。
「いや、絶対とはいえないが、我が調べた限りではおそらくそんな空間はなさそうだ」
ヤムトがそう応じた。それからオレの方を見て言葉を付け加えた。
「ヨールには叶わぬが、我も一応は罠や仕掛けを見破る術の心得はあるのだ」
オレは頷いた。
ヨールやヤムトのようなレンジャー的な技能はまったくないが、オレも棚の最下段や光の届いていない部屋の隅など、色々な場所を調べてはみたのだ。もちろん何も発見できなかった。
ふと見ると、ルシッドが壁の上方を見上げていた。そこにはトヨケの店の作業部屋にあった物に似たガラス瓶が等間隔で吊り下がっていた。魔石を利用した照明器具だ。ガラス瓶からはどこか緑掛かった独特の明かりが落ちている。
部屋が明るかったことにオレは今さら気付いた。
照明があるのを当たり前に思っていたのだが、魔石照明だってけっこう高価なアイテムだ。しかもランタンの火を併用せずにそれだけでこの明るさを維持するなんて、オレたち一般人からするとちょっと考えられない贅沢さなのだ。腐っても貴人サマってところか。アンデッドだけに。
とりあえずあれだけでも収穫には違いない。
レミックが「さっきの仮面の男かしら」と誰にいうでもなく呟いた。
その声には明らかに怒りが含まれていた。
「そうとしか考えられん。リッチが負けるとふんだ時点で回収を始めたんだろう」
ルシッドの言葉からは、感情の動きは読み取れない。油揚げをかっさらわれて悔しくないはずはないが、少なくとも怒りに打ち震えたりはしていない。
「あ、そうか、異次元収納か!」
唐突にそれに思い当たった。
シルバーが使っていた超便利スキルだ。
仮面の男はここにあった物すべてを異次元収納に入れ、それから何食わぬ顔で部屋から出てきたのだ。
異次元収納は使う人間の能力次第で容量はまちまちだとシルバーがいっていた気がする。ここにあった家財道具一式をパクッていったのなら、仮面の男の異次元収納にはかなりの容量があることになりそうだ。まあシルバーなんてロック鳥まるごとを入れてやがったが。
何にしても急激に腹が立ってきた。
オレたちのことを悪辣非道呼ばわりしていたくせに、あいつこそが火事場泥棒だったのだ。
いや、リッチの協力者をしておきながら、リッチがやられそうになっても手助けもせずに、財産を根こそぎパクりやがったのだから、なんかもっとすごい悪いヤツだ。なんて言葉が相応しいのかは思いつかないが、とにかく悪党だ。
「ふむ、照明だけが残っているのは回収作業に明かりが必要だったからか」
ヤムトが得心したように言った。こいつだけは全く悔しさを感じていなさそうに見える。
「関心してる場合じゃないでしょヤムト。あいつを許すつもりはないんじゃなかったの!?」
レミックが声を荒げた。
女性が荒ぶっているのが何となく苦手なオレは、心持ちレミックから離れる。今はヤムトに噛みついているがいつ飛び火してくるか分からない。
「そ、そうだぞヤムト。騎士団にはチクらないとか言っておきながら、あいつこそ泥棒だったんだぞ」
別にビビったわけではないが、やんわりとレミックに追従しておく。
自分自身の怒りがすでに薄まっていることに気が付いていた。
「当然許すつもりはない。次に会った時にはきっちりとカタを付けるつもりだ」
「だけど、きっともう見つけらんないだろ」
言いながら、最終的に手も足も出ず逃がしたのは自分だったことを思い出したが、そこは気にしない。
「いや、ヤツの臭いは覚えた。我が必ず探し出してみせよう」