ヤムト、ルシッド、レミック
貴人を攻撃することはできない。ではその手に持っている武器を奪うことは可能なのか?
数秒の後にはその疑問は解答を得た。
答えは「是」だ。
ほぼ同時のスタートだったが、ヤムトの方がルシッドよりもひと呼吸分早くにリッチに到達した。獣人ならではの脚力によるものか。それとも片腕になったルシッドの速度が落ちているのか。
敵に鼻先が触れんばかりの距離に肉薄した獣人はしかし、大きく振りかぶった右腕を、焼けた鉄を鍛える鉄槌さながらにリッチの足元の地面に振り下ろした。
「──打ち付ける巨岩」
どこか誇らしげなその呟きはレミックの唇から漏れたものだ。たった今行使されたヤムトの技の名前なのだろう。
比喩ではなく洞穴が振動した。
ヤムトの拳が叩きこまれた地面は強固な岩盤から成っていたにも関わらず、まるで焼き菓子のように砕けた。
舞い上がる破片と粉塵がリッチの眼前に幕を作り、その視界を奪う。
そこに流星のような一筋の光が走った。剣気を込めたルシッドの斬撃だ。
貴人に攻撃は効かないはず、とオレが思うのと同時に、ルシッドの剣はリッチの持つ杖を撥ね上げていた。貴人そのものは無理でもその持ち物に対してなら攻撃を加えることができるようだ。
握りは甘くなっているが、まだ杖はリッチの手を離れてはいない。片腕だけで扱うブロードソードの斬撃では剣気を込めたとしても十分な威力が乗らないのだろう。
ヤムトが竜巻のように回転して後ろ回し蹴りを放った。
刈り取るような軌跡で放たれたヤムトの蹴り足は杖をしっかりと捉えた。
リッチの手から杖が離れた。
そして数メートルの宙を飛んでオレのところに来た。ちょうど胸元に。
反射的にキャッチする。
ヤムトが狙ったのかどうかは分からない。だがこれは千載一遇のチャンスだ。ルシッドの推測が正しいのならば、これでレミックの魔法はリッチに対して有効になるのだ。オレはただ杖を返さなければいい。
アンデッドが持っていた物に触るのはちょっと気持ち悪いなあと思わないでもなかったが、場合が場合なので、オレはしっかりと左わきに抱え込んだ。本当は両手で握るべきなのだろうが、右手に持つショートソードを手放すわけにもいかない。
「レ……」
エルフの名前を呼ぼうとしたが、当然そんな必要はなかった。
「雷電槍撃!」
声と共にまばゆいばかりの電光の槍が宙を走り、リッチの胸を貫いた。
ヤムトとルシッドのコンビネーションで敵の杖を奪い、それと同時に発動する魔法攻撃。
打ち合わせもしていないのにドンピシャのタイミングだ。息が合うなんてものじゃなく、まるで一つの意思で行われたかのような完璧な連携だった。
雷電槍撃はその名前からも分かるように雷属性で槍状の射出攻撃魔法だ。一般的に使われる雷電撃や雷電弓撃の上位魔法になる。
などと説明をするが、低級冒険者であるオレは槍撃系の魔法は見るのも初めてだ。
ゴブリンやコボルトや野盗なんかを相手にする場合は雷電撃で十分だからだ。
槍状の魔法は敵を貫通する性質がある。これは射線上にいさえすれば、複数の敵にダメージを与えることができるのと同時に、魔法を表面的ではなく敵の体の内部にまで届ける効果がある。
その直撃を喰らったのだ。さすがのリッチも身体をくの字に曲げて動きを止める。
レミックはもう次の呪文の詠唱が済んでいる。
今まさに弓が引き絞られるかのような待機状態の魔法をその指先に宿していた。
「火炎槍撃!」
炎の蔓を纏った炎の槍がリッチへと飛ぶ。
「溶ケヨ」
飛来する槍を防ぐように掌をあげたリッチが、聞く者の耳すら腐敗させそうな声で言う。
直後、炎の槍はかき消えた。
だめだ。杖を奪っても、リッチは魔法を無効化するスキルを持っていた。
そして立て続けに二つの高位魔法を使ったレミックは、流石にもうほとんど魔力が残っていないはずだ。
その時、突然リッチの身体がブレた。二重露光のようにあるいは電波の乱れたテレビ画面のよう。
と、見えたのもほんの一瞬だった。
見間違いかなと、目を凝らそうとしたオレは次にさらに混乱することになった。
目の前に、手を伸ばせば届く位置に、リッチがいた。