貴人に対抗する手段
オレの常識の無さを悟ったわけでもないだろうが、ヤムトは小さな声で話を続けた。
「貴人に貴人でない人間の物理攻撃は効かん。魔法での攻撃や、人型であってもエルフやドワーフなどの攻撃なら話は別だが」
そういうことか。いわれてみればそんな話も聞いたことがあったような気がする。
だけど普通は貴人サマに逆らって攻撃しようなんて機会はそうそう訪れない。多くの人はそんな常識も意識することなく生きていくはずだ。
って、それであの時は大して強くもなさそうな貴人たちにボコボコにされたのか。
今さらながらに路地裏で遭遇した災難のことが思い返される。
そうと分かっていたらあの時も貴人にケンカを売るようなマネはせず全力で逃げたのに。
オレが沈黙しているのを、続きを促しているものとらえたらしく、ヤムトは早口で続ける。
「ここはレミックの魔法に賭けるしかない」
ヤムトの言葉にオレは頷いた。
アンデッドであるリッチは、ヨールが天敵である神聖魔法の使い手であることを看過して最初に始末したのだろうと思っていた。
だが、ヨールを狙ったのはそれだけが理由ではなかった。亜人であり、貴人である自分に害を及ぼす事ができる種族であるから先に始末されたのだ。
ヤムトの攻撃が効かなかった事は、先ほどヤムト自身が語った獣人の出自の話の証明になるだろう。
ここはもう、レミックの魔法攻撃しか頼れるものがない。
つまりリッチの次のターゲットも間違いなくレミックになるはずだ。
ヤムトが再び走った。迷いのない動きだ。
レミックに声は掛けていない。だが当人こそリッチへの攻撃手段を持つのが自分だけであることは理解しているだろう。
とりあえずあの手を握らせなければいい。
オレはヤムトの体躯でできる死角に入るであろう位置を選んで走った。
ずるいと言うなら言えばいい。逃げ出さないだけでもオレにしては頑張ってるほうだ。今は背中を見せて逃げるほうが危険度が高いともあえるが。
瞬きひとつの間にもヤムトが三発の連続攻撃を仕掛ける。
捨て手のない、どれもが必殺の威力が込められた攻撃だ。
しかしそのどれもがリッチの身には届かない。
ヤムトの連撃が終わる瞬間を狙って、オレも攻撃を仕掛ける。
スライディングの要領で間合いを詰めつつ相手の脛辺りを狙って剣を振るう。
我ながら悪くない狙いだと思ったのだけど、後方へと飛び退くことでリッチは易々とそれを避けた。
たなびいたローブの裾を剣先が掠め、ほんのわずかほつれさせたのが唯一与えたダメージだ。
リッチは姿勢すら崩さない。
杖の先端をこちらに向けると、呪文の詠唱もなく氷の塊を撃ち放った。
鋭利な先端をもったラグビーボール大の紡錘形の氷だ。それが三つ。 氷弾という魔法だ。
魔法そのものはそこまで高度なものではないが呪文詠唱を行わずに発動させたことと、一度に複数の氷塊を作り出したことが驚嘆に値する。というか人間にできることじゃない。
三つの氷弾はオレ目掛けて真っすぐ飛んでくる。
至近距離からの攻撃であり、避けることは困難。
くらえば大ダメージだ。いや三発だから死ぬかもしれない。心臓掴まれて死ぬ方が楽なんじゃないか。
死を覚悟する余裕すらなく、痛いのは嫌だななどという考えだけが浮かぶ。
横から衝撃がきた。
二段構えの攻撃だったのかと思った次の瞬間、オレを蹴り飛ばしたらしいヤムトの姿が目の端に映った。と同時に地面に激突して、肩と背中をしこたま打ち付けた。
ヤムトはというと、くるりと宙返りを行い華麗に着地していた。
氷弾は誰もいない空間を貫いて後方へと飛び去った。
「助かった!」
オレはヤムトに向かって握り拳の親指をぐっと立ててみせた。
蹴りによって半端ない痛みと無視できないダメージを負いはしたが、氷弾で死ぬよりは何倍もいい。
とはいえ、サムズアップしている余裕なんてないのだったとオレは急いでリッチに対して剣を構えた。
リッチはと見ると杖を掲げていた。オレとヤムト、ではなく後方のレミックに向けて。
攻撃魔法が飛ぶ気配はない。が、ヤムトが慌てたようにリッチへと襲い掛かかり、遅ればせながらオレも敵の狙いに思い当たった。
「レミック、後ろだ!」
オレは振り返って叫んでいた。
自分の大きな声を聞きながら、悪い予測が当たった光景を凝視する。
レミックの背後には小さな影が立ち上がり、その手に持ったナイフを振りかざしていたのだ。