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リッチ

 姿を見せたのはそれだけではなかった。

 ガーディアンたちの後に続いて、闇に溶けるような黒いローブ姿の人影が扉から音もなく出てきた。


 魔炎の灯りに照らされてはいるが、フードの下に色濃い影が落ちていて顔は見えない。

 ローブは光を受けると鈍く輝く。その光沢から高級な生地であることは察せられたが、よくよく見ると年季モノのようで裂けたりほつれたりが目に付いた。

 自身の背丈に近い長さの(スタッフ)を手にしている。

 銀の金属棒に、子供の手首ほどの太さのねじくれた古木が巻き付いた奇妙な(スタッフ)だった。どうやったら蔓草ではない樹木が金属に巻き付くのだろう。芯になっている金属棒の所々に赤黒く輝く輝石が象嵌(ぞうがん)されている。きっとものすごくお高い魔導具、魔法の威力を爆発的に増幅させるとか敵の魔法を無効化させるとかの強力な機能があるに違いない。


 黒ローブの佇まいからは迫力らしい迫力は感じなかった。その動きが静かなものだったからかもしれない。

 怒りや殺気などの攻撃的は気配は感じられないが、これが識人ならば強力な敵であることは間違いない。


 識人とは前にも一度対峙したことがあった。シルベネートの地下にある儀式の間でだ。

 あの時は貴人が六人いて、そのうち四人が魔法を使う識人だったのだ。

 普通に考えれば八回くらいの死を覚悟しなければいけない絶体絶命の状況だったが、規格外すぎるママチャリが一蹴したので危機を実感する暇もなかった。その後にもっとヤバい悪魔なんてものも出てきたし。


 だが今、シルバーはいない。

 アンデッドナイト二体に識人一人でも十二分に危機的状況なのだ。

 もしも識人サマがお怒りでないのなら、ここは潔く謝って回れ右するのが正解なのではないだろうか。


「はあ、ママチャリ野郎がいてくれたらな」


 思わず呟きながらもオレは剣を構えた。

 いくらぐちぐち考えたところで、この状況で識人がオレたちを見逃すはずなどないのだ。


 アンデッドナイトが動くだろう、と考えていた。

 意外にも最初に動いたのは識人だった。

 杖を握っていない方の手がすっと持ち上げられた。幅のゆったりととられた袖がかすかにずれ、自然体に広げられた枯れ枝のような手指が露わになる。

 いや、枯れ枝ではなく骨だ。とことどころ肉や筋らしきものがこびりついてはいるが、識人の手は剥き出しの骨だった。


 愚か者の火(イグニス・ファトス)が浮かぶ位置を変えた。オレたちの視界を確保するためにレミックが操作したのだろう。

 光が作り出す影の向きが変わり、フードの下にあった識人の顔が判別できるようになった。

 声にならない声を漏らしたのは誰だったか。

 そこには手指と同じく剥き出しになった骸骨があった。

 それは白骨とは呼べなかった。まるで土が腐れたようななんともいえない黒色の髑髏だ。


「こいつは──」


 言いかけたヤムトの言葉が宙に消える。

 口に出さなくても分かる。敵の種族名を言おうとしたのだ。

 スケルトンではない。

 死者の骨を術者あるいは高位の精神体が操って動くアンデッドモンスター、スケルトンとは違い、目の前のあれは自分の意志で自分をアンデッドへと変化させた存在だ。

 死霊魔術師が禁呪を用いて自我を保ったままに成るそれは、ノーライフキングもしくはリッチと呼ばれている。

 おとぎ話などで語られる、魔王を名乗ってもよいぐらいにヤバい存在だ。


 どうりで覇気も殺気もなかったはずだ。陰にして虚なる魔術師はもはやオレたちに感知しうる気配は持ち合わせていないのだ。


 オレがそう気付いた時にはすでに、ルシッドが地を蹴り剣を振りかざしながら突進していた。

 だが素早く反応したアンデッドナイトによって阻まれる。


 ルシッドの剣とアンデッドナイトの剣が打ち合わされた時、その後ろではリッチが差し出した手のひらを握りこんでいた。

 オレの後ろからヒキガエルが踏みつぶされた時のような「ぐうっ」というくぐもった声がきこえてきた。

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