自転車ってドラゴンですか
「ねぇママぁ。あの人、ドラゴン連れてるよ」
シルバーチャリオッツ号を押しているように見せるためハンドルに手を添えて歩いていたオレの背後から、そんな声が聞こえてきた。
「あら本当、珍しいわね。それにとっても綺麗」
子供の声に応じた母親の声。
たしかにドラゴンは珍しい。
昔話や風の噂でこそその名前を聞きはするけれど、転生してからこっちオレはまだドラゴンなんて見たこともなかった。それどころかギルドに集まる冒険者たちからドラゴンと遭遇したという話を聞いたこともない。
そんなドラゴンを連れて歩いている者がいるとなると流石に興味が惹かれる。
ところが振り返って、さらに辺りをキョロキョロと見回したオレの目には、ドラゴンの欠片さえも見つけられなかった。
「あれ、聞き違いかな」
独り言を口にしたのを、シルバーチャリオッツ号に聞き咎められた。
「どうかしたのかい?」
「いや、ドラゴンがいるとか……」
周りの人に乗り物と話しているなどと思われたくはないので、小声でそう言う。
だがシルバーチャリオッツ号の方は気にした様子もなく普通の音量で話しをする。
「後ろの親子連れの話しかい? それなら僕のことだろうな」
雑多な人が行き交っているお陰か、歩き始めてからはあまり注目は集めていない。
それでも話をする乗り物がいるとなると、恰好の見世物だ。オレは顔を寄せて小声で注意する。
「なあシルバー、せめてもっと声を潜めてくれよ。
どこから喋っているのかは分からないけど、他の人にお前が喋っているなんてバレたら面倒なことになってしまうだろ」
自我と知能を得ても、自転車だからそこまで気が回らないのかもしれない。これから少しずつそういったことを教えていく必要がありそうだ。
だがこちらの気遣いを、シルバーチャリオッツ号は鼻で笑った。
「君は僕が声を出して喋ってると思うんだ? 自転車の僕が。ファンタジーだなあ
まあそれぐらい可愛げがある方が周りからは愛されるのかもね」
「声を出してるんじゃないのか?」
やはりこいつの言い方は癪に触る。だけど、それを気にしてると思われても癪に触るので、そこにはまったく触れずにオレは訊き返した。
「思念伝達に決まってるじゃん、スキルの」
「え、ああ、そうなのか」
スキルには日常生活で役立つものから、超能力的なもの、魔法力や戦闘力などを強化するものなど様々なものがある。
生まれながらにして持っていたり、ある日突然開花するスキルもある。また長年の修行や過酷な鍛錬の末に手に入れられるものもある。
それからレアケースだとは思うが、転生する際にギフトとして身に付ける場合もあるようだ。
実はオレも転生した際にとあるスキルを受け取っていた。
シルバーチャリオッツ号がスキルを持っているなど考えもしなかった。だが自転車が喋っているとするよりは、思念伝達の方がまだ受け入れ易いのも確かだ。
だけど、そうだとすると、
「周りからすると、オレがずっと一人で喋ってるみたいに見えてたのか」
「そうだろうね。その証拠に、さっきから僕たちは周りから微妙に距離を置かれてるよ」
それも言われるまで気付かなかった。何ということだろう。顔が火照る。
「スキルで話してるのは分かった。それでさっき言ったのはどういうことだ?」
今度こそ誰から見ても話をしているなどとは分からないような小声でそう訊いた。
「ああ、だから後ろの子供が言ったドラゴンってのは僕のことだと思うよ」
「いやいやいや、自転車はドラゴンじゃないだろ」
呆れて、思わず声が大きくなってしまった。慌てて声を低くして続ける。
「てか、そもそも生物でもない」
ところがシルバーチャリオッツ号はちらりとこちらを見て(ハンドルをこちらに向けて)ため息まじりに言う。
「少し筋道立てて考えてみれば分かりそうなものだと思うけど、君のステージだとやっぱりそういう判断しかできないよね」
ステージってなんだよ。
色々と言い返したいが、オレは黙って続きを待つ。
「転生だからね。転じて生を得てるわけ。で、こっちの世界で受肉する時は、元の特質に一番近い生物が選ばれるんじゃないかと、僕は推測するわけ。それが僕の場合ドラゴンだったんじゃないかと」
「どうみても自転車だよな。銀色だし金属だし」
「だから金属の――銀の体を持った生物になったんだろうね。つまり数百あるといわれている竜種のうち地竜に属する竜、魔法白銀竜に」
「ミスリルって、なにそれ?」
「ミスリルを知らないの?」
「いや、さすがにゲームとか漫画で知ってはいるけど。
で、なんでお前がその何か強そうなドラゴンなんだよ」
「なんでと訊かれても僕にも分からないよ。でもそれがこの世界の意思なんじゃないかな。
実際、街の人からは、人に懐いている仔馬サイズの銀の竜に見えているみたいだし」
言われて周りをぐるりと見てみると、後ろの親子をはじめとして、通り過ぎていく人たちの目には確かに恐れと好奇心、それから羨望が入り混じっているように感じる。
と、目が合った後ろの女の子がぱっと顔を輝かせて口を開いた。
「お兄ちゃん、竜騎兵なの?」
「ドラゴンライダー……あ、ああ、そうだよ」
そのファンタジックで強そうな言葉の響きに、オレは思わず頷いてしまった。
転生してからこっち、地味に地味に日雇い仕事をこなしてきたが、ここにきてようやくファンタジーっぽい要素が舞い込んできたのだろうか。
「すごーい、カッコイイ!」
女の子が歓声をあげた。
だけど、やっぱりどう見てもシルバーチャリオッツ号はただのママチャリだよなあ。